物事には順序というものがあるのですが、世の中そうはならないこともままあります。
江ノ電には今も300形という古い電車が存在します。1000系以降の車両とは見た目にも大きな開きがあります。その番号の開き方もそうですよね。この番号の隙間を埋める電車はなかったのでしょうか?
実は500形という電車が存在していたのです。もちろん2006年に新製された新500形のことをいっているのではありません。2003年に姿を消していまっている旧500形のことです。
以下500形とあれば旧500形をさすと思ってお読みください。

江ノ電は今でこそ2+2の4連で運行するのが普通になりそこそこ乗客も乗車しています。
そうですね。このところ 私も江ノ電で座れた記憶があまりありません。
しかしかつては経営状態が厳しく新車を調達するのにも余裕がないという有様だったそうです。
そこで当時の江ノ電では都電や東急玉川線など路面電車タイプの中古車を購入。これを改造して走らせていました。
そんな中にも江ノ電オリジナルの新車が1956年に誕生しています。それが500形です。
台車や電気部品の一部は流用されているとはいえ江ノ電にとっては生え抜きの虎の子電車と申せましょう。普通なら愛着もあり長く使われるのはこちらと考えるのが普通です。でもこちらが先に姿を消してしまったのです。いったいなぜ?
丸みを帯びたしゃれたデザインの500形は江ノ電としては先進的な電車です。両開きドアは今でこそ当たり前ですが当時としては珍しいものでした。
一方古くさい一面も見られます。デビュー当時はポール集電です。正面の中央部にあたる大きな窓は一段下降式になっていてここをがばっと開けてポールの上げ下げをしていたのです。
1973年にZパンタに切り替えられ窓を開く必要はなくなりました。ですがこのデザインゆえ多量の雨水が窓の下に流れ込みこの部分の腐食は半端ではなかったようです。
結局、嵌め殺しにしました。ところが今度は運転台への通風がままならなくなりました。うまくいかないものですね。
1984~85年に行われた車体更新では これを改善するために側面にまで回り込んでいたパノラミックウィンドウを分割、これを開閉可能にしました。
このことで正面5枚窓ということになり 丸みを帯びた端正な顔つきは喪われてしまいました。両開きドアも片開きとなりその脇には雨樋が…。

撮影1998.8:鵠沼
話が横道にそれてしまいました。500形が短命に終わったのは顔のせいではありません。
500形はとある理由により冷房改造が出来なかったのです。それこそが廃車となった大きな原因と思われます。
冷房改造できない理由は色々考えられます。まずは車体強度の問題です。
「東急の青ガエル」こと旧5000系の車体は柱で支えるのではなく面全体で支える張殻構造。
このことで軽量化され 先進的なデザインが人々の注目を集めました。しかしこの車体に大型の冷房装置を乗っけるのには無理がありました。
5000系のうちいくつかは地方で第2の人生を送ることになるのですが いずれも冷房改造ができず そのほとんどが早々と姿を消しています。
冷房改造にあたって車体の新旧は関係がありません。旧式ではあっても300形は冷房改造されています。広島電鉄などでもかなり気合いの入った旧型車両が冷房改造されています。早い話が頑丈な車体であれば冷房改造は可能なのです。さすれば500形は車体強度に問題があったのか?と思って車体重量を調べてみました。結構重量があります。
500形は東急の青ガエルみたいな丸みを帯びた車体ではあります。しかし張殻構造ではないようです。
では、何がいったい原因だったのか?私にはその理由が分かりませんでした。
そしてある日、参考文献「江ノ電―懐かしの電車名鑑 JTBキャンブックス」 に出会ったのです。
それによると 500形に冷房装置を取り付けられなかった理由は なんと台車の位置が問題だったというのです。
300形と500形のサイドビューを較べてみるとよくわかります。台車と先端部までの長さ(オーバーハング)が40cmも違うのです。
冷房改造され今なお現存する300形(305-355)は京王の前身である玉南電気鉄道1形の車体台枠を再利用したものです。いわゆる路面電車の車体ですから車端部の乗降扉は一段低く設定されており台車の位置は中心に寄せざるを得ないという構造をもっています。
対して500形が普通の電車に較べて台車間隔のバランスが変なのか?というとそんなことはありません。むしろ300形のほうが台車の間隔が異常に狭いといえるくらいです。
でも江ノ電ではこの500形の台車の位置が大きな問題となりました。
今でこそ法律上、鉄道法となっている江ノ電ですがもとは軌道法による鉄道でした。
今でも併用軌道区間が存在しているのはご存じの通りと思います。そんなわけで当時古い橋梁をはじめ軌道がヤワだったのです。
かつて江ノ電は単行で列車を運行していましたが今は連接車を2本つなぐのが標準の編成です。
さてこの時500形同士を連結するとその連結部分に台車が寄ってきますからここに車体重量が集中するということになります。そこになお車体に冷房装置を取り付ければそれでなくても軽量の短冊レールに相当な重量を負わせることになるわけです。
一方300形ならその重量を分散できます。もと路面電車であったがため台車の位置を中心に寄せざるを得なかった300形です。
でもそのことが江ノ電の軌道にやさしく、冷房改造工事に大きなメリットをもたらすとはその導入時想像もつかなかったことだったのではないかと思われます。
かくして300形は生き延び500形は不遇を託つこととなったのです。
でも500形は完全に消滅したわけではありません。
廃車後、台車などの足回り(1989~に取り替えられたカルダン台車)は新製されたレトロ電車20形に流用されました。
また2006年に登場した新500形は500形のイメージでもって車体が設計されているのです。
引き継がれたものは番号だけではありません。かつて500形に寄せられた江ノ島電鉄関係者の方々の思いも引き継がれたように私には感じられます。
参考文献;江ノ電―懐かしの電車名鑑 JTBキャンブックス 湘南倶楽部 – 2003/10/9
この記事は2010年9月にUPしたものがベースとなっています。
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