キハ20系は 1957~66年に 国鉄一般型気動車の標準型として量産され総勢1072両を数えます。 両運転台のキハ20形 片運転台のキハ25形 北海道向けのキハ22形、2エンジンのキハ52形、また合造車であるキハユニ25形など多くの形式が存在します。 JR四国にはキハ20形のもっとも標準的なグループ(=201-484)と500番台が継承されています。 加えてキハ20系の2エンジンタイプであるキハ5 […]
キハ23系は1966~69年に登場した近郊形気動車です。(シートピッチは113形0番台と同じ1,400mm) 裾絞りの無い車体に高運転台+パノラミックウィンドウという特徴的な外観となっています。 車体長は20.8mでラッシュ時に備え扉が両開きとなりました。 キハ23系には両運転台のキハ23形(北海道用のキハ24形)そして2台エンジン搭のキハ53形。 片運転台のキハ45形(北海道用のキハ46形)の計 […]
キハ65形は国鉄が1969~72年に製造した急行形気動車です。 キハ58系の冷房化にあって急勾配線区における走行用エンジン数確保と冷房電源用エンジン確保を目的に製造されました。 (暖地向け0番台が86両、寒地向け500番台が18両 計108両) エンジンはDML30HSD (500PS/1,600rpm)1基に加え3両分の冷房電源を供給できる発電セット(4VK)を搭載しています。 キハ58系との混 […]
キハ54形0番台は1987年に新潟鐵工所(1~6)と富士重工(7~12)の二社で製造されました。 そのすべてがJR四国に承継されています。なおキハ54形には北海道向けの500番台が存在します。 キハ54形は21m級のステンレス車体で直噴式エンジンDMF13HS(250ps/1900rpm)を2基搭載します。 台車はDT22G/TR51Eと廃車発生品を使用しています。 当初は配置区別(徳島区:藍色、 […]
キハ32形は1987年に国鉄分割民営化までに21両が製造されそのすべてがJR四国に承継されました。 新潟鐵工所と富士重工は国鉄から転換された第3セクター向けの鉄道車両を製造しています。 見てのとおりこれらの車両に類似した車両となっています。 エンジンは1基ですが 新型の直噴式DMF13HS(250ps/1900rpm)です。 16m級と民営化当時の旅客車両としては最も短い車体を採用することで急勾 […]
キハ40系はキハ47形42両とキハ40形11両の合計53両がJR四国に継承されました。 民営化の直前には予讃線の電化がありました。 そして民営化直後には非電化の土讃線についても新型の振り子付き特急気動車が導入されました。 かつて気動車王国といわれた四国に君臨していた国鉄形気動車ですが 特急用気動車185系でさえ一気に影が薄くなってしまった感があります。 一般型のキハ40系については他のJR各社のよ […]
四国地方の国鉄路線はなかなか電化されませんでした。 最初に電化されたのは「高松-琴平、観音寺」間で1987年3月。 つまり国鉄の最末期のことでエリアも香川県を越えることはありませんでした。 この距離で特急電車を走らせる意味はないので国鉄は普通列車用に121系を38両投入しただけです。 121系は2両固定の小単位輸送用でしたので ささやかなスタートであったと申せましょう。 その年の4月にはJR化され […]
JR四国の113系は1999年にJR東日本から譲渡された113系0番台です。 111系を取替えるにあたり4連×3本=12両と部品提供車3両が譲渡されました。 2000年10月に第2編成、2001年3月に第3編成が営業運転を開始しています。 全編成とも異なる塗装が施されただけでなく内外装とも大きくイメージアップされています。 車番も変更され、新形式クハ113/クハ112形が登場し、車番も1番から振ら […]
111系は1962年、4両編成ユニットでデビューし64ユニットが製作されました。 しかし翌年にはモータをMT54にパワーアップした113系に取って代わられてしまいます。 民営化時 111系として生き残ったのはJR四国に継承されたB1~3編成だけでした。 1988年には国鉄清算事業団が保有していた111系を2ユニット車籍復活させました。B4.5編成です。 111系は JR東日本から移籍してきた113 […]
7000系は1990年の予讃線伊予北条~伊予市間の電化開業にあわせて開発されました。 単行・ワンマン運転対応の電車です。 両運転台の制御電動車7000形と片運転台の制御車7100形とがあり、これらを組み合わせることでフレキシブルな運用が組まれています。 車体は軽量ステンレス、ドアは片側3箇所で、中央は両開きですが、両端は片開きとなっています。 これはワンマン運転を意識してのことです。(なおワンマン […]