路面電車並みの速度で藤沢-鎌倉間の10キロを34分かけて走る江ノ島電鉄は往古より「江ノ電」の名で親しまれています。
開業時は「江之島電気鉄道」でした。1902(明治35)年9月に藤沢 – 片瀬(現・江ノ島)間で開業しその年の11月には鎌倉まで延伸しています。
ちなみに当時の鎌倉電停は横須賀線をくぐって若宮大路の二の鳥居のあたりでした。
(鎌倉駅構内に移転したのは1947(昭和24)年)
「江之島電気鉄道」はその後幾度となくその名を改めています。
「横浜電気江之島電気鉄道部」「東京電灯江之島線」と名前を変え、1928(昭和3)年には「江ノ島電気鉄道」となります。100形や納涼電車が活躍していたのはこのころです。
この時分にはすっかり江ノ電の名で親しまれていたことでしょう。
戦後「江ノ島鎌倉観光」となり現在の「江ノ島電鉄」に落ち着いたのは1981(昭和56)年のことです。
まあ利用者にとっては関係なく「江ノ電」以外の何者でもありません。
世間様でも路面電車の一員として取り上げられることの多い「江ノ電」ですが、実は1944(昭和19)年に地方鉄道法による鉄道に変更されています。
何でも軍部による圧力があったという説があります。
とはいえ実態は創業時から典型的な路面電車スタイルの電車が走る軌道法による路線でした。
鉄道線では考えられない急曲線が今もあり 極楽寺の隧道などの設備は特例措置として認められ現在に至っています。
もっとも架け替えられた橋梁などは地方鉄道法に基づいた立派なものとなっています。

こうしたアンバランスも江ノ電の魅力です。車両もこうした軌道線由来の歴史を踏まえたものです。
私は今回、江ノ電を「路面電車研究」で取り上げることにしました。
腰越付近に併用軌道があることからだけではありません。
さて、そんな「江ノ電」にも廃止が取り沙汰されたことがありました。
積み残しが出るという昨今からは考えられないですね。
1965(昭和40)年代、モータリゼーションにより多くの都市の路面電車が消えてゆきました。
江ノ電でも利用者が低迷。バスへの転換が検討されたのです。
しかし藤沢市、鎌倉市とも沿線の道路は狭く路線の廃止はいっそうの渋滞を引き起こしかねないと存続することになったのです。
この判断は大正解でした。その後拡大する東京都市圏は当沿線を住宅地と化し今や「江ノ電」は通勤通学にも欠かせぬ足となっています。
また、江之島や鎌倉の大仏様などの観光資源にも恵まれた当線は観光客にとっても便利な足です。
21世紀となり低迷する多くの地方鉄道を尻目に順調に業績を伸ばしています。
参考文献:江ノ電-懐かしの電車名鑑 湘南倶楽部編 2003年 ほか
当ブログではこの先「江ノ電」の車両を取り上げていきます。
本来なら登場時の会社名をタイトルにすべきかと思いましたが、添付画像のほぼすべてが1981年以降のものということもあって「江ノ島電鉄」で統一させていただきます。
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