「JR東海のキハ11じゃあないか」っていわないでください。
確かにJRのロゴが入っていますが、番号をよくご覧ください。
少し見にくいですが「キハ11-203」とあります。
これは東海交通事業がJR東海にリースしている車体なのです。
とはいえ連結されているJR東海のキハ11-109とそっくり、いや寸分違わず同じです。
一方、東海交通事業が城北線で運行しているキハ11も同じくキハ11-200番台ですが、
201.202は城北線仕様になっています。
見た目にはこちらの方が珍しいのですが 枇杷島にさえ行けばお目にかかれますので 写真を撮るのは簡単です。
対して番号以外に違いを見いだせないリース車(2両)は他の車両に紛れてしまっていざとなるとなかなか写真が撮れないのです。
東海交通事業は1988年に 旧 日本交通観光社の要員と施設を引き継ぎJR東海(中京地区)の駅業務を受託する会社としてスタートしました。JR東海が100%出資する子会社です。
そんな東海交通事業が運営することになった城北線は名古屋北部の街中を東西に11.2km 中央本線 勝川から東海道本線 枇杷島までを結ぶ路線です。
全線高架のしかも全線複線化までされているという高規格路線です。
しかし実態はというと電化もされておらず単行の気動車が昼間には1時間おきに走る。
のんびりとしたローカル線です。なぜこんな摩訶不思議な路線が存在するのでしょう。
他ならぬJR東海が保有する城北線をわざわざ東海交通事業が運営するのは建設する際にかかった多額の債務を少しでも多く償還するため、別会社として割り増しの運賃を設定するためだとか。
ロケーションは決して悪くないのだから他の路線とのアクセスを改善して需要を喚起する方が先だと思うのですが…
それはさておき城北線の開業は91年12月。勝川(仮)から尾張星の宮までの9.3kmの区間でした。
その際はJR東海からキハ40を借り入れていました。それから2年あまり後の93年3月。
枇杷島までの全線開通にあわせ東海交通事業は自前の車両を登場させます。
それがキハ11-200です。JR東海が89年にデビューさせたキハ11を城北線仕様にしたものです。
東海交通事業 キハ11形200番台 城北線用 キハ11-202
撮影場所:枇杷島
ドアの部分にご注目を…城北線は電車用規格のプラットフォームなので乗降口ステップがなくなっています。
名古屋の象徴、金の鯱がデザインされたヘッドマークにオレンジのライン。
キハ11-202は TKJのロゴも誇らしく高架路線を快走しています。
現在の運行では2両のキハ11が必要です。
東海交通事業では4両のキハ11-200を所有しているわけですから検査などで工場へ入場した際にも余裕で対処できそうです。
しかし、現状ではJR東海からキハ40-6300がやってくるそうです。
普段 城北線に常駐しているのは キハ11-201.02の2両だけです。
キハ11-203.04はJR東海のキハ11と全く同じスタイルで美濃太田運輸区に常駐しています。
当区に所属する17両のキハ11ともに高山線、太多線のローカル列車に用いられ 今のところ城北線にやってくる気配はありません。
車体の番号だけは東海交通事業の車両ということで-200番台を名乗ってはいますが彼らは純粋(?)のリース車両なのです。
かつてJR東日本がキハ22を阿武隈急行や秋田内陸縦貫鉄道に貸し出したことがありました。
しかし現在までに、JR各社が 他社の車両(営業用車両)を借り入れていた例はあったでしょうか。
参考Webページ 東海交通事業のHP
-鉄道車両写真集- |
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