「ヤル気を示す」JR四国 N2000系量産先行車 2424 珍車ギャラリー#251

「ヤル気を示す」JR四国 N2000系量産先行車 2424 珍車ギャラリー#251

JR四国の2000系特急気動車は2つのグループに分けることができます。
2424以降のグループはN2000系と呼ばれ高徳線向けに製造された改良型です。
最高速度130km/h運転を可能にしたというのが最大のポイントとなります。
1995年に量産先行車2両(2400形先頭車:2424・2458)が登場しました。

N2000系量産先行車 2400形 2424 特急うずしお15号 撮影2012.9.9 高松駅
JR四国 N2000系2連 高松運転区 四カマ
←高松②   2424-2463   徳島①→
2400形:24.25~29(47名) 2450形:58.59~63(52名)
参照;JR気動車客車編成表2011年版

なお N2000系 2400形の01~23は欠番です。下二桁は旧型(2101~22)の番号を引き継いでいます。
2450形(→2150形) 2500形(→2200形)も同様です。2000形(半室G車)の後継車はありません。
最終的に16両製造されました。その全てが富士重工業製です。
ところで富士重工業では 智頭急行HOT7000系(1994年~)を製造しています。
これがベースになっているのはいうまでもないでしょう。
同系列のエンジンであるコマツ製SA6D125Hに制御式振り子装置。最高速度は130km/hです。

なぜ2000系にN2000系量産先行車が必要だったのでしょう。
2424は 特急「宇和海」の増発に向けて増備されたというカタチになっています。
特急「南風」にも用いられました。ともに在来車両との併結運用で130km/h運転はしていません。
高徳線での試運転に専従したわけではないのです。
続いて1997年に2500形(中間車)が量産車として落成しました。
1998年には量産車の先頭車が登場し1998年3月の 高徳線高速化工事完成に備えました。

N2000系先行量産車がなぜ必要とされたのでしょう。
私はJR四国において高徳線が特別な意味を持っているからだと感じています。
JR四国は民営化するやいなや直ちに高徳線の高速化に着手。
翌年1988年4月に第1次高徳線高速化(最高速度110km/h化、それまでは85km/h)を達成、特急「うずしお」の運転を開始します。
そして  前述のように1998年3月第2次高徳線高速化(最高速度130km/h化)工事を完成させることになるのです。
普通列車にあってもそうです。
JR四国は 1000形や1500形といった新型気動車を高知や松山に先んじて徳島運転所に配置してきました。
それらは特急の高速化に欠かせないモノだからです。
JR四国は 新たに作られた高速道路網とまともに張り合わなければならない宿命に直面してきました。
瀬戸大橋と予讃線電化は JR四国が生き延びるための必須条件だったというべきでしょう。
そして 土讃線についても2000系気動車を導入してスピードアップを図りました。
これについてはすでに取り上げています。
しかし 土讃線とりわけ、多度津-高知間はもともとの線形が悪すぎるのです。
これ以上スピードアップしようとすれば四国山脈をぶち抜くトンネルを掘る以外にありません。
対して高徳線は一線スルーなどの対策でまだ高速化できる余地がありました。

JR四国としてはそのやる気をまず示すということが大事だったのではないでしょうか。
高速運転というのなら 1992年に8000系電車の試作車がデビューしており最高速度160km/hをマークしました。
N2000系は気動車ですが この8000系電車の台車構造を基本に多くの改良が加えられています。
ブレーキもディスクブレーキに改められ滑走防止装置が搭載されました。
このように足下を固めたのも、
「何が何でもこのプロジェクトを成功させたい。そして営業実績をUPし高徳線電化への足がかりとしたい」
という思いが感じられるのです。

量産先行車は従来の2000系気動車と外観や座席はほぼ同じです。
しかし 貫通扉、客用扉に赤色が配され前面警戒色の黄色帯も太くすることでスピード感をアピールしました。
そして量産車にいたっては前面もリニューアルされ同じ貫通型車体であっても、ひと味違うスタイリッシュなデザインとなりました。
(車体外装も紺色と赤のツートンカラーに変更。これを受けて量産先行車2両の外装も量産車に準じたものに変更されています。)

N2000系 2450形 2459 特急南風15号① 撮影場所:岡山

N2000系にはグリーン車もなくモノクラス。2両編成で使われることも多く魅力に乏しいといわれれば確かにそうです。
でも同じようなモノクラス特急気動車であるJR西日本のキハ187系とは違う気迫のようなものを私は感じます。

阿波大宮から板野へ向かう急勾配区間。
私はかつてサイキョージ氏と最前列でその光景を眺めていたのですがそのパワーにしびれてしまいました。

徳島駅で下車…。
前面窓の下には「SHIKOKU」の文字が、そして乗務員室下側面には「N2000」の文字が表記されています。
私にはそれらがなんとも頼もしく感じられたのです。

参考文献:鉄道ピクトリアル 新車年鑑 1995年版 No612  1998年版 No660


2017年に導入された2600系に引き続き、130km/h仕様となる2700系が2019年 高徳線でデビューしました。
またもや先行量産車を登場させています。「ヤル気」を見せていますね。

2020年7月、N2000系は「うずしお」の定期運用から撤退。松山区へ転属しました。
2023年現在、2000系とともに「宇和海」として活躍しています。

この記事は 2013/08/25にUPしたものをベースに加筆訂正しました。

珍車ギャラリーカテゴリの最新記事