「新しい新幹線のカタチ」JR東日本 400系新幹線 珍車ギャラリー#407

「新しい新幹線のカタチ」JR東日本 400系新幹線 珍車ギャラリー#407

§1 小が大を兼ねるということ

400系は標準軌に改軌した在来線(奥羽本線)に直通運転する山形新幹線「つばさ」用として開発されました。いわゆるミニ新幹線の元祖です。
1992年7月からの開業に合わせ12編成が出そろいました。

車体長は20,000mm・車体幅2,945mmと在来線の規格に合わせ”小振り”になっています。
このままでは新幹線用ホームとの間に大きな隙間ができるためドアの部分にステップが装備しました。
皆さんもご存じのことと思います。もちろんそれだけではありません。
大は小を兼ねると言いますが、小が大を兼ねるという。
いや、そんな言葉ではかたづけてしまいたくないほどの かつてない画期的な車両が400系なのです。

乗り入れてゆく奥羽本線は一口に在来線と言ってすませるような生易しい路線ではありません。
板谷峠という急勾配区間をかかえています。
かつてこの区間にはE10形蒸気機関車が使われていました。
あの国内最大級のマンモス級蒸気機関車C62形と同クラスのボイラーをもつ超強力山岳用機関車です。
400系に求められたのは 新幹線という別次元の超スピードに加え、国内きっての急曲線、急勾配区間である板谷峠(在来線)をこなすという相反する走行性能です。
これを高いレベルで統合したモデルが400系と申せましょう。

急勾配区間での登攀性能を確保するためにギヤ比は従来の新幹線より大きく設定されました。
その上で高速性能を確保するために モータは かつてない高回転に耐えられるものとなっています。

モータだけではありません。新幹線車両より小さな車体で240km/hを達成するため新たな工夫が必要となったもの。それはなんと言っても台車です。
200系など当時の新幹線車両の台車は 車軸の間隔が2.5M。対して在来線の特急車両は2.1Mでした。
ホイールベースが小さいほど小回りがきき在来線では好都合ですが 逆に高速運転での安定性は悪くなります。
急カーブのある在来線区間を想定した計算値などから たどりついた車軸間隔は2.25M。
JR東日本はこの研究をもとに新たな台車を製造。90年11月に試運転にこぎつけました。
そして91年9月。他ならぬこの台車で当時としては国内最高の時速345km/hを記録したのです。

新幹線と在来線では保安装置(ATCとATS-P)や交流電源の電圧(2.5万ボルトと2万ボルト)などにも違いがあります。
両方に対応できる装置とこれを切り替える機能も必要となります。
福島駅で東北新幹線「やまびこ」と分割・併合するための連結器も必要です。
スムーズかつ十分な強度と信頼性。そしてなにより安全性を確保するものが欠かせません。
一方、400系は、従来の新幹線より長さが5M、幅も50cm近く縮まったのです。
かつてなかったものをそのコンパクトな車体のどこにどう収納するか。
知恵と工夫の限りが尽くされたのです。


§2 400系が 早くも姿を消したわけ

1999年12月。400系は新庄延伸にあわせて増備されたE3系1000番台と同一の塗装に順次変更されロゴや内装がリニューアルされました。
しかしその姿でさえ今はもう見ることはできません。

400系は試作編成でもあったL1編成が2008年12月に定期運用から離脱。
以後廃車がすすみ2010年4月には営業運転を終了してしまうのです。

2011年の時点で なお国鉄時代の新幹線車両である200系は現役でした。
なぜ、400系が先に姿を消すということになるのでしょうか。
小が大を兼ねるというということは無茶なことだったのでしょうか。

実は400系には今までの新幹線にない特殊な事情がありました。
それは400系がJRの所有物ではないということです。(400系の車籍はJR東日本)
山形県が出資して設立した第三セクター「山形ジェイアール直行特急保有(株)」の所有物だったのです。
この会社は山形新幹線を開業させるにあたって費用を工面しようという会社であり山形新幹線用の車両を購入、JRに貸し出し、その出資金を回収するという会社です。
ですから償却が終わったら所有する400系を処分して解散するのが筋書きです。
(ちなみに増結車の429形と400系の後継として導入されたE3系はJR東日本が自社で購入・所有しています)
もし400系がJR東日本の所有だったなら200系のようにリニューアルするなどして延命したかもしれません。
また他の使い道も検討されたようにも思います。でも他人様の持ち物を好き勝手にいじくれるわけもありません。
400系が200系よりも早くその姿を消したのはそんなことも影響しているのです。

秋田新幹線を開業させるにあたって導入されたE3系も「秋田新幹線車両保有(株)」が購入しJR東日本にレンタルされました。
なお、増結車のE328形とR17編成以降導入されたE3系はJR東日本が自社で購入・所有しているわけでここまでは山形新幹線と同じ流れです。
2010年3月。JR東日本はR1~16編成についても自社で保有することにしたのです。
これで償却が終わる時期にE3系が廃車になるということはなさそうです。
でもこの手があるのなら、400系も…と思うのですが秋田新幹線用のE3系とは少しばかり事情が違います。
レンタル車両のE3系R16編成が竣工してから自社保有のR17編成が登場するまで1年半あまりしかその間は離れていないのです。
対して400系L1編成とE3系1000番台L51編成との間には7年以上のブランクがあります。
400系はかつて例を見ない画期的な車両ではありますが、車体は普通鋼製で制御装置もインバータではありません。
アルミ車体で足回りも一新されたE3系1000番台とは格段の違いがあります。
この点で見切りを付けられたということになるのでしょう。

「つばさ」がそんなE3系に統一されたのにもかかわらず新幹線区間で「つばさ」が270km/hにスピードアップしないのはちょっと残念ですが遠からず「つばさ」も「こまち」並みにスピードアップするに違いありません。


§3 山形新幹線という手法

新幹線と在来線の直通運転を検討し始めたのは国鉄時代末期。
フランスの高速鉄道TGVが高速線から在来線へ乗り入れていたことは当然ヒントになったでしょう。
でも日本の場合レールの幅からして違うのです。
車両側の軌間を変換するフリーゲージの技術は21世紀の今もなお確立されていません。
在来線には普通列車も走るため新幹線車両と在来線車両とを共存させて走らせるにはレールは3本または4本いることになります。
もっとも3線軌道というのは箱根登山鉄道(箱根湯本-小田原(現在は入生田まで)にもあり戦前からある技術です。
しかし、山形には雪が降ります。ポイントが雪で動かなくなる恐れなどもあり解決すべき問題は多かったのです。
結局、その区間を走る普通列車も新幹線の軌間に合わせ標準軌の車両にすることで「レールは2本」に決着しました。
在来線区間での最高速度はそれまでの95km/hから130km/hへアップしました。
スピードアップのためカーブの改良も施しました。
車両開発のみならず在来線の軌道をどうするかというのも苦労の連続だったのです。

400系は開業時、東京・山形間を最短2時間27分で走り従来より30分以上所要時間を短縮しました。
時間にすれば「そんなものか」という感じがないではありません。
しかし「山形が新幹線で東京に直結している」ということは特別な意味を持っているように思います。

思えば400系はJR東日本が開発した初めての新幹線車両です。
その後開発されたオール2階建てE1系MAXなど次々に新形車両が登場しました。
もはやその姿を見ることさえできない400系は忘れ去られていってしまっている感さえあります。

でも新幹線車両が、在来線に、そのまま乗り入れるという新しいシステム。
この手法は97年開業の秋田新幹線にも受け継がれました。
そして今や時速320キロ運転を目指す次世代のミニ新幹線用車両E6系が登場しています。
400系で培われたものが今も活かされているのです。

 

*この記事は2011年8月に書いたものがベースとなっています。
この手法を西九州新幹線にも応用できなかったのかなあ。

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参考文献 鉄道ピクトリアル 新車年鑑1992年版 #566 1992.10 / 新車年鑑1991年版 #550 1991.10 

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