特急「海幸山幸」
キハ125形400番台は2009年10月より日南線(宮﨑-南郷)の観光特急「海幸山幸」に使用されている専用車両です。
デザインとはいえ外装が木製である鉄道車両は何十年ぶりのことでありましょうか。
内装にも木材(飫肥杉)がふんだんに使用されておりレトロでありながらおしゃれな車両です。
JR九州 キハ125形400番台 キハ125-401 『山幸』
実はこの車両。もとは3セクである高千穂鉄道の車両TR-400形でした。
3セクの鉄道車両がJRに編入されるのは 2004年に東京臨海高速鉄道からJR東日本に移籍した209系3100番台くらいのもので 気動車ではもちろん初めてです。
どういう経緯があったのでしょう?
高千穂鉄道 TR-400形
高千穂鉄道は国鉄の第2次特定地方交通線だったもと高千穂線。
JR九州に転換後1989年4月 第三セクターに転換されました。
高千穂鉄道には開業当初からイベント対応の観光列車もあったのですが1996年からトロッコ車用の導入検討を進め2003年に2両のトロッコ型気動車を導入しました。これがTR-400形です。
新潟鐵工所製で 松浦鉄道MR-500形、南阿蘇鉄道MT-3010形などのレトロ調気動車がベースになっています。
上下方向に大きく開かれた窓枠。この窓を着脱することでトロッコ列車としました。
木製のボックスシートが12組。ドア付近には2人掛け座席を2か所、いずれもテーブル付きです。
高千穂鉄道 TR-400形 TR-401「手力男(たぢからお)」
高千穂鉄道 TR-400形 TR-402「天鈿女(あまのうずめ)」
黄色いTR-401には「手力男(たぢからお)」
緑色のTR-402には「天鈿女(あまのうずめ)」の愛称がつけられました。
神話の里「高千穂」にふさわしいネーミングです。
「トロッコ神楽号」として2003年3月から運転を開始しました。
ところが 2005年9月6日の台風14号により高千穂鉄道は壊滅的な被害を受けます。
これまでも自然災害の被害を受ける度に復旧してきた高千穂鉄道ですが今回の被害は桁違いに大きく、
復旧されることのないまま2008年12月全線廃止。
2009年3月をもって高千穂鉄道は解散してしまいました。
JR九州 キハ125形400番台 キハ125-402 『海幸』
高千穂鉄道からの打診によりTR-400形はJR九州への売却されることになり、
2009年2月にJR九州小倉工場に入場しました。
そして改造の上キハ125形に編入されることになったのです。
キハ125形の400番台に区分されたのはTR-400形にちなんでのことです。
高千穂鉄道:TR401、TR402 → JR九州:キハ125-401、キハ125-402
キハ125-401が『山幸』として南郷方に、
キハ125-402が『海幸』として宮崎方に編成され日南線の観光列車として生まれ変わります。
神話の里から神話の里へ。神々の名を継ぐことになったのも何かの縁だったのかもしれません。
それにしても 3セクのトロッコ列車であるTR-400形がどうしてJR九州の特急車両として再デビューできたのでしょうか?
NDCシリーズ
TR-400形は新潟鐵工所がプロデュースした地方鉄道向け車両「NDCシリーズ」です。
島原鉄道 キハ2500形、ひたちなか海浜鉄道 キハ3710形、松浦鉄道MR-400形、水島臨海鉄道MRT300形など3セク各社が導入しています。JRも導入しています。JR東海のキハ11形がそうですし、なによりJR九州のキハ125形がそうなのです。
JR九州 キハ125形 0番台 キハ125-15
JR九州 キハ125形0番台 1~25 1993年 新潟鉄工製
車体寸法:18,500×2,828×4,000 エンジン:DMF13HZ (330ps/2000rpm)×1
NDCシリーズの核となるのは DMF13系エンジンです。
新潟鐵工所が開発した船舶用エンジンを鉄道車両用に改良したもので、国鉄が初採用した直噴式エンジンでもあります。
地方鉄道向けと馬鹿にしてはいけません 。
小型軽量で高出力、冷間時の始動性にも優れたエンジンです。
JR北海道キハ261系に搭載されているN-DMF13HZHとN-DMF13HZJはインタークーラーを装備することで460 psを叩き出します。
もっとも高千穂鉄道TR-400に搭載されたのは標準タイプのDMF13HZ (330ps/2000rpm) 。
これを1基搭載します。
台車は空気ばね台車のDT601K/TR601Kが採用されています。
名前こそ違ってはいますが、これは高千穂鉄道時代と同じモノです。
ブレーキもキハ40形などとも併結も可能なDE1A自動空気ブレーキが採用されています。
というわけで足回りは ほとんど 何にも手を加えられていません。
つまりJR九州のキハ125形とほぼ同じメンテで対応できるものだったのです。
改造のポイントはATSなどの保安設備となんといっても内装です。
窓を取り外すことでトロッコ車両となるTR-400形の窓は外されることもなくトロッコ車両ではなくなりました。
しかし、ゆったりとした座席と木を活かしたおしゃれな内装はこれがもとトロッコ列車だったとは思えないほどにリニューアルされています。
波瀾万丈の半生
そんな彼女に波瀾万丈の半生を振り返ってもらうことにします。
「私が高千穂鉄道にやって来たのは2003年のこと。
先輩であるTR-100形や200形の皆さんからは冷たい視線を感じたわ。
私は社長の肝いりで導入されたそうなんだけど そのせいで開業以来のイベント列車TR-300形を追いやることになってしまったの。
運転手さんには可愛がられた。私だけがハイパワーだったからかもしれない。
でもそれは私だけ制服姿ではなかった疎外感を増しただけ。
そんな私がみんなの一員になれたと思ったのはあの大水害の時。
台風14号で五ヶ瀬川橋梁が流されて もう復旧できないと聞かされた時
みんなと声を上げて泣いたわ。そしてこの地で最期を迎えると決めた。
それから3年。私に「JR九州で働かないか」という声がかかった。それも特急車両として…。
冗談じゃない。私は3セクのローカル線で働くトロッコ列車よ。勤まるわけないじゃない。
…本音は というとうれしい気持ちがないわけでもなかった。でもそれ以上に怖かった。
冷たくされるのは仕方ないとして、笑いものにされるのだけは絶対いやだった。
そんな私の背中を押してくれたのは整備士さん。
「おまえの足回りで十分通用する」って太鼓判を押してくれた。
そして高千穂鉄道の先輩たちが「私たちの代わりに海を見てきて」声を揃えて言ってくれたの。
覚悟を決めた。水戸岡先生に全てをお任せするって。」
高千穂鉄道からみる渓谷も素晴らしかったけど 日南線の海の眺めも最高です。
青島 – 北郷間の鬼の洗濯板、油津 – 南郷間の七ツ岩 が見える付近では速度を落として走行します。
こんなにも自然を満喫できるのはローカル線ならでは。
新幹線や高速バスでは到底味わうことはできません。
しかしその分 自然の猛威に曝されるのがローカル線の宿命です。
日南線も災害で何回となく不通になっています。
2011年1月 新燃岳噴火で青島 – 志布志間が不通。
2020年7月 豪雨で南郷 – 志布志間が不通。7月13日 運転を再開。
2021年9月16日 台風14号により青島 – 志布志間で不通。12月運転再開。
2022年9月19日 台風14号により青島 – 志布志間で不通。9月 青島 – 南郷間で運行再開。
2023年1月 南郷 – 福島今町間で運行を再開。3月全線運転再開。
その度 彼女は「このまま廃線にはならないで」とひたすら祈る日々を送ったに違いありません。
今の彼女には ローカル線のすばらしさを多くの人々に知ってもらう使命があるのです。
「海に幸あれ 山に幸あれ」
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