「クーラーの形で形式を分けたわけではありません」JR西日本105系 クハ104-551 珍車ギャラリー343

「クーラーの形で形式を分けたわけではありません」JR西日本105系 クハ104-551 珍車ギャラリー343

 

まず、画像をご覧ください。今回取り上げたクハ104-551は上。下がクハ105- です。
同じ車両に見えますが、クーラーの形が違うのはおわかりいただけると思います。
実は形式まで違います。
普通、クーラーの形式だけで車両の形式までもが変わるなんてことはありません。
なぜでしょう。-551という番号も意味ありげですよね。

種明かしをする前に、まず105系について おさらいしておきましょう。

105系は地方の電化ローカル線に配置されていた40系や72系などいわゆる「旧形国電」の置き換えを進めるべく製造された車両です。
旧形国電同様、電動車1両に走行機器を集約した「1M方式」でかつ1M2Tでも旧形電車の1M1Tに相当する性能が発揮できるものとしました。

その鍵となるのが新たに開発された主制御器CS51です。
103系ほどの高加速性能はいらないので制御段数は少なめです。
回路構成も永久直列で直並列組合わせ制御は行いません。
103系と共通のDT33系台車にはMT55系電動機が装備されました。
(出力110kw歯車比1:6.07:103系と同じ)
しかし105系では電動機を台車単位で駆動可能とし非常時には2個モーターでの走行も可能としました。
変電所容量の小さい線区を走行する際は、限流値を低く設定できる操作も可能です。
また電動発電機 (MG)が 停止したら大変です。
抵抗器(MR147)は電動送風機を廃した自然冷却方式とし最寄り駅まで走行可能なように制御に必要な電源を常にバッテリーから供給できるようにしました。
容易には救援を要請できないローカル線の現状にあわせて 自力でやれることはやる という体勢を整えています。
加えて 発電ブレーキ付、応荷重装置・空転検知装置付…と新性能車として押さえるべきところはきちんと押さえてあります。
105系そしてCS51はJR化直前の国鉄技術者がローカル線の将来を見据え作り出したよく練られた労作なのです。.

105系は1980年から新製され、福塩線および宇部線・小野田線の旧形電車を置き換えました。
そして1984年。奈良線・和歌山線がめでたく電化開業することになりました。
ところが国鉄は新規に配置される電車48両 そのすべてを105系改造車で補うことにしたのです。
当時の国鉄財政では、ローカル線区向け車両を思うようには新造できなかったのです。
種車となったのは、4ドア車である103系1000番台です。
結果105系には3ドアの新造車グループと4ドアの改造車グループがいることになります。

103系1000番台は営団地下鉄千代田線に乗り入れするため8M2Tで組成された強力編成。
制御器には超多段制御を誇るバーニア制御のCS30を導入した出色の103系でした。
しかしあの名車「営団6000系」の向こうを張るには103系では役不足、203系の投入で常磐緩行線から捻出されることになったものです。
105系改造車は種車が103系であることから片側4扉の車体となったわけですがそれだけではありません。
台車や主電動機も元々同タイプですから流用されています。
ただし制御機は新造の105系と同様CS51を新調しました。

奈良電車区に配置された48両の内訳
クモハ105_501~510+クハ104_501~510 (NT201~210編成)
クモハ105_511~524+クハ105_1~14 (NT211~214編成)

クハは運転台をそのまま利用できるので具合がいいのですが、1000番台は8M2Tで組成された長大編成ですから相対的にクハの数が少なくなってしまいます。(モハ-4対1-クハ)
クハ103形の運転台をそのまま利用したクハ105形だけでは足らず不足するクハには電装解除したモハに運転台をとりつけました。
それが、クハ104形500番台です。

クモハ105形500番台501-524:モハ102.103形1000番台の改造車。
クハ105_形0番台 01-14 :クハ103形1000番台の改造車。
クハ104形500番台 501-510 :モハ102形1000番台の改造車。

ここで お話を「クハ104-551」にもどしたいと思います。

1989年11月、桜井線を走行していたクハ105-7はダンプカーとの踏切事故によって右側面を大きく損傷したため1990年に廃車となりました。
代替として あてがわれたのは明石電車区所属のモハ102-385。
今さら クハ103形1000番台をJR東日本からとりよせ改造するという芸当はできません。
種車はモハですから電装解除の上、先頭車改造をするのがパターンですが、今回は事故車であるクハ105-7の運転台を切り継いだためマスクは 元通り になりました。
このような経過で登場したのが「クハ104-551」です。

形式が違うわけ-おわかりいただけたでしょうか。そう…
クハ105はTc車の改造車であり クハ104はM車からの改造車だからです。
マスクは同じでも車体→形式は違うのです。

クハ104-551は改造時にWAU102形分散式冷房装置を取り付けたので天井に取り付けられた3基の冷房ユニットでそれと直ぐわかります。
ついでに、ここで冷房装置についてお話しします。
105系は製造コストを抑えるため当初冷房装置は搭載されていませんでした。
とはいえ国鉄時代の1985年から 集中式であるAU75による冷房改造がなされています。
しかしAU75は集中形であるため一台あたりかなりの重量があります。
冷房化改造には車体補強など大規模な改造が必要でした。
当然、その分コストのかかるものでした。

そこでJR西日本では1988年から床置形のWAU202形簡易冷房機をクモハの室内車端部に設置する方式に変更しました。
奈良区に承継された105系のうちAU75で冷房改造されていたのは7ユニット14両。
残り17ユニット34両をJR西日本で冷房改造、前述のWAU202形簡易冷房機を搭載しました。

しかし、WAU202形を搭載した車両は冷却性能(30000kcal/h×1)が悪くしばしば故障するなど信頼性に乏しいものでした。
よって 分散式の冷房機WAU102形が開発されるに及んで、以後これを1両あたり3基(12000kcal/h×3)搭載することになります。
分散型であるWAU102形の冷却性能は集中型のAU75系列には劣るもののWAU202形よりは向上していますし床置き式でない分スペースも有効利用できます。

クハ105-5が事故に遭ったのは1989年。これをを復旧することになるのは1990年7月。
わずか1.2年の違いでしかないのですが、この新型冷房機の採用に目途がついたことから103系からの改造車ではクハ104-551のみがWAU102形を搭載することになりました。

もしWAU202を搭載することになっていたら、
「見た目どう区別するんだ?」ってことになっていたと思われます。

この記事は2017年10月に書いたものです。

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