「南紀直通特急」南海 キハ5500系 珍車ギャラリー#403

「南紀直通特急」南海 キハ5500系 珍車ギャラリー#403

南海では、戦前から紀勢西線への直通運転を実施していました。
鉄道省から借入れた客車を南海線内は電車で牽引、和歌山からは鉄道省の客車列車に併結するという形態です。
当時、阪和線は阪和電鉄でしたから、鉄道省も難波乗り入れには抵抗がなかったのでしょう。
戦時中は中断しましたが、戦後は南海がサハ4801形(スハ43)を新造し国鉄直通運転を再開しました。
阪和線は国有化されていましたが、南海は既得権を手放さなかったのですね。
そして1959年紀勢本線全通にあたり、南海は国鉄キハ55形に準じたキハ5500系を発注、
これを気動車準急「南紀」に併結して南紀方面への直通運転を実施することとなったのです。

キハ55系は1956~60年に登場した国鉄初の優等列車用 準急型気動車です。
1956年当時はキハ44800形と呼ばれておりエンジンはDMH17B(160ps)×2、
いわゆる「バス窓」車体でした。
その後、1エンジンのキハ26、キロハ25、キロ26も追加されています。
1958年からは客室窓が一段上昇式に改められ、エンジンも180psにパワーアップしています。
ぐっと近代化されたこれら100番台と区分されるグループを南海は導入しました。
キハ5550形(両運)とキハ5500形(片運)の2形式です。
1959年にキハ5501・5502、キハ5551が堺市にある帝國車輛で新製されました。

ターミナルとしては難波の方が有利です。
国鉄の最新型を導入した難波発南紀直通列車の利用客は増加する一方です。
1960年にキハ5503・5504 ・5552、1962年にキハ5505・5553・5554が増備され、
キハ5500系は両形式合わせて9両体制となりました。

東和歌山(現・和歌山)からは天王寺発着の準急列車に併結され白浜口(現・白浜)そして新宮まで運行されました。
キハ5500系は、いわゆる準急色でデビューしました。
のち併結相手である「南紀」・「きのくに」の急行格上げにあわせ急行色に変更しています。

撮影場所:和歌山

ですから見た目、国鉄車との違いと言えば窓下部2か所に(南海)の表示が装備され、側窓の下部に保護棒が設置されたことぐらいです。
それでもキハ5500系は南海線内は特急扱いで走行、なおかつ全席座席指定車です。
南海本線でも紀勢本線でも格上の印象がありました。

しかし、1961年以降、風向きが変わります。
国鉄は「きのくに」をキハ58系で運用しはじめたのです。
準急形のキハ5500系は旧型車のイメージを拭えません。
加えて1969年以降、キハ58系は冷房化が順次進められたのに対し、キハ5500系は冷房化されませんでした。
これは大きいですね。くそ暑い夏に座席指定券まで購入しながら、わざわざ非冷房車に乗るお方はいるでしょうか。
乗客離れが加速するのはどうしようもありません。
ではなぜ冷房改造しなかったのでしょう。
それは全車2エンジン車であったため発電セットを搭載できなかったからです。
でも、キハ58系の場合、1エンジン車のキハ28に発電セットを搭載、2エンジン車のキハ58にも冷房電源を供給するということをやっています。
ちなみにキハ58系もエンジンはDMH17Cで出力は180psとキハ5500系と変わりません。
また国鉄キハ55系に冷房改造車は存在しませんが、島原鉄道のキハ55系であるキハ26形は1972年に冷房改造され国鉄線に乗り入れています。

島原鉄道 キハ26形 キハ2602 (島鉄オリジナル)

南海でもキハ5500系の冷房改造は検討されたでしょう。
しかし、それはかなりの車体重量を増大させた一方で、エンジン出力の低下を強いることになります。
現状維持という苦渋の決断がなされました。

1978年10月、和歌山 – 新宮間の電化が完成。
特急「くろしお」は電車化、増発され、難波発着の気動車「きのくに」は減便されました。
南海でも485系電車を購入して直通運転を継続するという報道があったそうです。
実現していれば、「サザンくろしお」も夢ではなかったでしょう。
しかし、和歌山市~和歌山間は紀勢本線であっても電化されませんでした。
つまり南海電車を乗り入れさせるなら、この南海との連絡線を電化させる必要があります。
当時の国鉄にそんな余裕があるはずもありません。

1985年3月、気動車急行「きのくに」は電車特急「くろしお」に格上げされることなりました。
これに伴い、難波発着「きのくに」は廃止、キハ5500系も姿を消しました。

1984年10月の和歌山線電化にあわせ、和歌山-和歌山市間が電化されています。
ここまで、キハ5500系が頑張ったのだから、ここで電車特急にバトンタッチして欲しかったところです。
しかし、慢性的に旅客離れが進んでいた南海南紀直通列車です。
一気に乗客が戻ってくるとは考えられません。
費用体効果を考えれば断念するしかないですね。

かえすがえすもキハ5500系の冷房改造ができなかったか。
と思いながら、画像を眺めていると、こんな声が聞こえてきました。
「各駅に停車し、待避線に駆け込んで私に道を譲ってくれるあの子たちの足手まといになるわけにはいかないわ。私はね、南海本線では特急なの」

撮影場所:新今宮

参考文献;鉄道ピクトリアル 特集「南海電気鉄道」 #367:79.9 #615:95.12 #807:08.8
私鉄の車両23 「南海電気鉄道」86.12 保育社

-鉄道車両写真集-  
南海線 1000系「四国」  キハ5501系「きのくに」  へJUNP

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