阪急電車のアイデンティティ
鉄道車両は形式(最終的には番台区分)によって、構造・設備・外形などの違いが表され他と区別できます。
阪急電車の場合、創業時単行で走っていた時代はさておき、まずは編成単位で、すなわち系列でもって分類されています。
系列によって、まず神宝線用か、京都線用かに分類されます。
また、2200系などの例外もありましたが、原則、時代を経るに従って数字が大きくなってゆきますので、5100系と2300系なら2300系のほうが古いと判別できます。
さて、阪急マニアなら5100系と2300系の判別は番号を見ずとも判別できるでしょう。
しかし、一般の方がこれを区別することは難しいのではないでしょうか?
行き先表示が自動化されたリニューアル車同士ならなおのことです。
もし屋根の部分の白い塗り分けがなかったなら7000系だって区別がつかないかもしれません。
誤解のないようにしていただきたいのですが、別に判別できることを自慢しているわけではありません。
阪急電鉄は車体デザインにおいて、どこの鉄道会社より、そのアイデンティティがもっとも顕著であった。
ということを申し上げたいのです。
もちろん車体デザインも進化してゆくべきです。
しかし流行を追ってゆくだけなら、それはすぐ陳腐なものとなってしまうでしょう。
伝統を守りつつ、より洗練されたデザインで登場した2200系が登場したときは本当に感激しました。
優れたデザインであるが故に6000系、そして7000系と引き継がれていったのは当然のことでしょう。
そんな麗しき伝統を忘れてしまったかに見えるのが8000系、そして8300系なのです。
いくつもの顔をもつ 阪急8300系
8300系は、阪急初のVVVFインバータ車である8000系の京都線バージョンです。
1989年にデビューしました。
大阪市営地下鉄堺筋線に直通運転するため、車体の規格を合わせたので車幅がやや広いのですが、VVVFインバータ制御であることをはじめ、内装等もほぼ8000系と同じです。
ただ、8000系も8300系も、製造時期の違いから様々なバリエーションが存在するのです。
89年~の初期車(00F – 02F・10F – 12F・30F・31F)は額縁スタイルのマスク。
飾り帯がアクセントになっていました。
(11F~は飾り帯なし、既存の編成についても撤去)
93年~の03Fからは前面がくの字に折れ曲がったマスクとなりました。
加えて95年~の増備車は窓が下部に拡大され、車両番号も電照式になりました。
つまり、8300系は4通りのマスクをもっていたということになります。
原則、8連は00番台、6連は10番台、2連30番台となっているため、車両の用途によって顔に違いがでるのなら、つまり2連用は増結されることを意識したデザインにする。
とかというのなら納得できます。しかしそうでもないのです。
加えて、数字の大小がそのまま製造時期とも関連しないので、顔と名前が繋がらず、ますます訳がわかりません。
どの鉄道会社でも、だいたい、同じ系列であれば、同じ顔をしています。
阪急電車は系列を越えても同じ顔をしていたのに、同一系列で、わけもなく顔を変えるとはどういうことか…?。
私は阪急の車体デザインに対するアイデンティティが信じられなくなってしまいました。
-鉄道車両写真集- |
阪急 8000系前期車 後期車 8200系 8000系リニューアル車 7000系 リニューアル車(界磁チョッパ) リニューアル車(VVVF) 6000系 リニューアル車 珍編成 支線用 |
さて8300系には、信じられないような秘密がありました。外国籍の阪急電車
8300系は紛れもなく阪急電車なのですが、その所有者は「S&H Railway Co.,Ltd」という英領ケイマン諸島の会社であり、阪急電鉄はそこからリースしているということなのです。(なお、2007年、契約満了後に阪急電鉄に買い戻されています。)
これはいったいどういうことなのでしょう?
航空会社では機材のリースが広く行われています。
航空機は高価なものです。B777は1機でざっと200億円。
リースは購入の資金繰りが付かないときなどに用いられる手段です。
2013年1月の読売新聞によりますと日本を拠点とするLCC3社は大幅に機体を増強するとのことですが、当然リースです。
そこまで高価ではない鉄道車両をリースするということは日本ではあまり見られませんが、初代山形新幹線となる400系は「山形ジェイアール直行特急保有株式会社」という第三セクターが保有し、JR東日本にリースしていました。
これは開業にあたって一時的に多大な資金が必要となるJR東日本を地方自治体が援助するという意味合いのものといっていいでしょう。
しかし、8300系の場合はかなり事情が異なっているようです。
2002年3月の日本経済新聞によりますと
「阪急電鉄(9042)は29日、鉄道車両84両を鉄道車両リース業の英エスアンドエイチ(S&H)レイルウェイに売却すると発表した。
売却額は102億円で、2002年3月期に特別利益74億円を計上する。売却するのは阪急京都線の8300系車両で、売却後もS&H社からリースを受けて使用を続ける。固定資産の売却を加速し有利子負債を圧縮するのが狙い」とあります。
同年3月、阪急電鉄が発表した報道資料によると、車両を売却(譲渡)した理由は「資産保有形態を見直し」たからだそうです。
要は車両の売却によって一時的に大きな資金を調達しながら、車両自体はそのまま使用し、使用料を長期にわたって売却先であるリース会社にリース料金として返していくという算段です。
車両が阪急の固定資産でなくなれば、減価償却処理が不要となり、リース料金の全額を経費に参入できる。
つまり、資金調達と節税をいっぺんにできる妙案というわけです。
それにしても、当時8300系の多くは、10年を経過した中古品です。
84両分102億円というのは、新品購入予算に匹敵するのではないでしょうか?
どこのお人好しが、かほどに高価にお買い上げくださるのでしょう?
また、車両の譲渡先であるリース会社がなぜ日本の会社ではなく、英領ケイマン諸島のリース会社である「S&H Railway Co.,Ltd」であるということは、一体どういうことなのでしょうか。
ケイマン諸島は、人口4万人あまり(2002年)。カリブ海に浮かぶ、のどかな島々です。
ただケイマン諸島は、所得や利益、財産、キャピタル・ゲイン、売上、遺産、相続が非課税というタックスヘイブンです。
当地における免税会社の設立には、およそUS$1,600の費用がかかるらしいのですが、どうやら、阪急はそのUS$1,600でもって 路線をもたない、いわばペーパーカンパニーである「S&H Railway Co.,Ltd」を設立したようです。
ですから都合のよい値段で売却できたように思われます。
同じく日本経済新聞の記事に
「阪急電鉄(9042)は29日、系列の中堅ゼネコン(総合建設会社)森組(1853)に対して75億円の金融支援を実施すると正式発表した。森組は2002年3月期に多額の特別損失を計上するなど業績が悪化しており、金融支援をあおぐことで債務超過を回避する。阪急電鉄は支援金による 特別損失を2002年3月期の決算に計上する。」とあります。
つまり、系列の子会社であったゼネコン「森組」を救済するために急遽資金が必要となり、そのため、8300系が売りに出された。
しかし運行上車両そのものは必要なので、リースというカタチにした。ということでしょう。
それにしても、名門企業の阪急が、このようななりふり構わぬ資金繰りをするとは…。
私はこうした経済事情について詳しいものではありませんし、今回は「2ちゃんねる」などからの情報を元にしているので、素人の戯言と思っていただいて差し支えありません。
しかし、私には、8300系が会社幹部に弄ばれたように見えて仕方がありません。
阪急電車をこよなく愛するものとして8300系が哀れに思えてならないのです。
初出:2013年1月。
参考文献 鉄道ピクトリアル「特集 阪急電鉄」 1998年12月 No663
鉄道ピクトリアル 新車年鑑 1990年版 No534
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