散水車は1910(明治43)年に登場しました。新車です。改造車ではありません。2軸単車上に容量8.1キロリットルの丸形水槽を搭載しました。翌年に18両、大正期には6両追加されています。
開業当初より昭和初期にかけて軌道沿線の道路は舗装されておらず電車が通るたびに砂埃が舞い上がっていました。明治41年に開通した2期線は人家の多い区間だったので何とかしなければということになったのです。
散水車は各車庫に配置され決められたコースをダイヤ通りに運行したそうです。雨の日でも運行したのでしょうか?
それはさておき8キロリットルの水で2kmほど水まきができたそうです。給水は各車庫で行われましたがそれだけでは足らず、大江橋や四ツ橋などの交差点にも給水施設が設けられました。
なんとそこでは堂島川や長堀川の水を汲み入れていました。さすがにコレラが発生したときには使用をとりやめています。
1年中 走っていた散水車でしたが 昭和8年からは夏限定となり 全線舗装が完了した13年にはその役目を終えました。
これら単車のうち10両は戦時中に751型(大阪市電唯一の2両連結車)に改造されました。
ちなみに昭和4年には12キロリットル角形タンク付きの大型ボギー車も5両登場しています。
こちらも1581型に改造されています。

形式 散水タンク21型 1925(大正14)年 藤永田造船所製
56.60× 1.980×3.200 9.7 t 8.1キロリットルタンク付き
台車:ブリル21E1 タイプ モータ:25ps ×2 直接制御
参考文献:「市電 市民とともに65年」大阪市交通局 昭和44年刊 ほか
| -路面電車研究- INDEX →鉄道車両写真集index |
| 大阪市交通局 路線まとめ 5 25 30 528 1644 3050 |
今回UPしている大阪市電は市電保存館に保存されているものです。
市電保存館は港区の八幡屋交通公園内に1974年設置されましたが 大阪中央体育館建設に伴い1993年に大阪市交通局緑木検車区内に移転しました。
なお写真は 1993年7月27日~8月5日に緑木検車場で行われた「市電保存車両展示会」において撮影したものです。
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