阪堺電気軌道 モ151形  もと南海大阪軌道線電4形 ワンマンカー 1927~1989年 

阪堺電気軌道 モ151形  もと南海大阪軌道線電4形 ワンマンカー 1927~1989年 

モ151形は電4形として製造された3扉の半鋼製の大型ボギー車です。
1927(昭和2)年に川崎造船所兵庫工場で10両(151~160)製造された単行用の直接制御車でした。
なお翌1928(昭和3)年製のモ161形はHL化(間接非自動制御)されています。平野線での連結運転に対応するためです。

その後 155.160はHL化されモ161形(174.175)に  152.153.156.158はAL化(多段式間接自動制御)されモ301形(307.306.305.302)に編入されました。
結局 4両に減ってしまったモ151形は 157を152に 159を153に改番し 最終的には
151~154に揃えられました。
1960年にはこれらもモ301形と同じAL車に改造されます。本来なら300形に編入 改番すべきところです。
しかし1951年には連結運転はとりやめになっています。もはや連結運転の可能性がないことから改番はなされませんでした。
1979年にワンマン改造し2扉車になりました。
1960年にAL化されたモ151形は1989年までに廃止され、301形、161形への改造車も2001年までに全廃されています。

ところでモ151形は「電4形」モ161形は「電5形」だったということです。
それならば「電1形」はと思って調べてみると…。
1907(明治40)年に 南海で初めて電車が走った時 登場したのが「電1形」ということでした。
難波-浜寺公園間ということですから鉄道線ですね。
南海鉄道は 当時 蒸気機関車で運転を行っていましたからこれと区別する意味でも「電1形」としたのは納得できます。画像を見ると ポール集電の3ドア車で連結器はバッファリンクでした。
「電2形」は1914(明治44)年 難波-和歌山市間全線電化に備えて1912年に登場しました。前面に5枚窓のタマゴ型マスクです。「丸電」の愛称は納得です。
主に難波-和歌山市間の直通電車に使用されていたそうです。(以上参考にしたのは 南海のHP)
では「電3形」はというと1924年当時 南海鉄道が保有していた大阪軌道線の電車で20両が製造されたとあります。Wikipediaからの情報ですが間違いないでしょう。
南海鉄道が鉄道線の車両と軌道線の車両を同系列で扱っていたのもすごいですね。
一方、阪堺電気軌道(初代)開業時の車両である木造車 1形(1913(明治43)年製 )を
「電1形」。50形(1921(大正10)年製)を「電2形」とする説もあります。
つじつまは合うのですが南海鉄道は1915年(大正4年)に阪堺電気軌道を合併しているのです。南海の台帳に同型式が2つあることになり無理があるように思われます。

南海は鉄道線と軌道線の車両を区別すべく1930(昭和5)年に形式称号の改正を行ったのでしょう。
1924(大正13年)年製の電3形はモ101形(101~120)となりました。
かくして1927年製の「電4形」モ151形に 1928年製の「電5形」はモ161形となります。

モ151形 ワンマン改造車 間接自動制御

南海 モ151形(151-154):1927(昭和2)年 川崎造船製
13.716× 2.438× 3.730  18.8 t  90 名(28席)
台車:64C-24B-2 住金 モーター:30kw×4 1960年に間接自動に
参考文献 :路面電車ガイドブック 誠文堂新光社1976年 382.83P

151 旧塗装 すしのこ電車 1927年製 →1979年ワンマン化

撮影1980年:恵美須町

151 広告塗装 1927年製  →1979年ワンマン化

撮影日時不明;我孫子道車庫

153 Ⅱ 広告塗装 もと159:1927年製  →1979年ワンマン化

撮影日時不明 :綾ノ町

154 旧塗装 すしのこ電車 1927年製  →1979年ワンマン化

撮影日時不明:住吉

改番対照表

151
152→307
153→306
154
155→→174
156→305
157→→→152Ⅱ
158→302
159→→→153Ⅱ
160→→175

 

 

 

 

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