11型は第2期線の開通に伴って投入されました。2本ポールの2軸単車で1908(明治41)年~1912(明治45)年に280両が量産されました。 現存する保存車はもとは285号機で明治45年に梅鉢鉄工所で製造されたもので11型の最終モデルです。ちなみに京都市電のN1型も梅鉢鉄工所製です。 明治末期の典型的な路面電車のスタイルとなっています。戦災で15/21両が焼失しました。 当初、運転台には窓ガラス […]
散水車は1910(明治43)年に登場しました。新車です。改造車ではありません。2軸単車上に容量8.1キロリットルの丸形水槽を搭載しました。翌年に18両、大正期には6両追加されています。 開業当初より昭和初期にかけて軌道沿線の道路は舗装されておらず電車が通るたびに砂埃が舞い上がっていました。明治41年に開通した2期線は人家の多い区間だったので何とかしなければということになったのです。 散水車は各車庫 […]
画像の5号機は市電50周年を記念して1953年に製作された復元車です。1923(大正12)年製の2軸単車701型720を種車に改造しています。 当時はポール集電で車体の前後に搭載していました。台車はドイツ製のヘルブランド台車を装備していました。(この台車も保存されています) 2階付き電車は 日本では他に見られない珍しい路面電車ということもあって伊藤博文や山県有朋といった著名な政治家が築港を視察した […]
モハ400形は1959~63年に15両(401~415)がナニワ工機、新潟鐵工所、日本車輌で製造されました。 うち1961年製の405~407(新潟鐵工所製)および1962年製の408~410(ナニワ工機製)は直角カルダン駆動車です。 (ツリカケ駆動車であるナニワ工機製の401~404、日車製の411~415は別タイトルでUPしています) 歯車装置には自動車用の部品が流用されています。また40kw […]
モハ400形は1959~63年に15両(401~415)が製造されました。ここではツリカケ駆動車であるナニワ工機製の401~404、日本車輌製の411~415をUPしています。 都電8000形の影響を受けた不燃対策車で自重は12.2tと1.5tの軽量化を図りながらも足回りを車体外板によって覆い隠した車体が特徴でした。 (なお参考文献によると4次車(411~415)の自重は13.7t) さすがに台車 […]
モハ200形は1954~57年に11両(201~211)がナニワ工機と日車で製造されました。 軽量化された車体にいわゆる湘南型のマスクで登場し台車には防振ゴムを挟んだ弾性車輪が使われるなどイメージアップが図られました。 とはいえ足回りは従来と変わらず直接制御のツリカケ駆動車です。 1968年以降ワンマン化に対応した改造工事が行われ前面窓が左右非対称の3枚窓となりました。 なお扉の配置は当初からワン […]