「川造形」名古屋鉄道 3790系 モ3791+ク2791 珍車ギャラリー#456

「川造形」名古屋鉄道 3790系 モ3791+ク2791 珍車ギャラリー#456

名鉄3700系列は1957年から旧型車両の走行機器を流用して製造された系列です。
搭載する制御装置が間接非自動であることにちなんで「HL車」とも呼ばれます。
ちなみにHLはHand Lineの略、自動加速車はAL(Automatic Line)車。
新たに軽量車体(全金属製2扉標準車体)を導入しましたが、足回りは旧式のままです。
通常の編成(MT比1:1)では最高速度は平坦線で85km/h程度しかだせません。
最初の2編成(モ3701-モ3702・モ3703-モ3704)は全電動車編成で低出力をカバーしようとしたのですがこれもMT編成に改められました。
なお登場時はロングシートでしたが1960年代後半に転換クロスシート化しています。
また種車から流用した台車は多種多様でしたが1978年以降D-16やD-18に振り替えられ標準化が図られました。

3790系は1927~28年にかけて製造された旧西武のモハ550形+クハ600形です。
川崎造船所の私鉄向け全鋼製標準形車両で深い屋根とお椀形ベンチレーターが特徴です。マニアはこれを「川造形」と呼びます。1940年の改番でモハ100+クハ1100となり、さらに現西武鉄道となった1948年の大改番によりモハ151+クハ1151となりました。
1958年にはMcが片運転台化されましたが、その後間もなく両運転台に戻されています。
1963~66年に西武で廃車となり、うち4両が東濃鉄道に譲渡されました。
1964年に西武鉄道から東濃鉄道に転出したモハ151+クハ1151はモハ110形-クハ210形として再デビューしました。

東濃鉄道時代に 片運転台化され 前面窓・戸袋窓をHゴム化、パンタグラフ部分の低屋根化が施されました。車体のリベットや弓形の雨樋もなくなりましたが「川造形」の印象は失われてはいません。

1974年。東濃鉄道は駄知線を廃止。名鉄がこれを譲り受け3790系(モ3790形-ク2790形)としました。
3700系列には既に3700系、3730系、3770系、3780系がありあまり空きがありません。なおモ3790は3780系モ3780形のラストナンバーとして在籍しているのです。
既存のHL車は 新しい車体を与えられていますが3790系は昭和初期の古い車体のままです。3700番台にこだわるのは主要機器が東濃在籍時のままのHL制御だったことがその理由でしょうが3790系は3700番台形式の中でも明らかに異端な存在です。
以下の画像は1983年3月に大江駅で撮影したものです。

ところで名鉄が3790系を導入したのは1974年。3790系は1927~28年にかけて製造されていますから当時車齢45年を越える中古車です。なぜいみじくも大手私鉄である「名古屋鉄道」がどうして「川造形」を必要としたのでしょう。
オイルショックという言葉を覚えておいででしょうか。
トイレットペーパー買い占め騒動があったのは、第一次オイルショックでこれは1973年のこと。ガソリンの値段も高騰。鉄道を始めとする公共交通機関を見なおそうとする動きが起こったのはこの時です。特に中京圏はモーダルシフトへの進展が著しかったところでしたから、一気に鉄道が注目されることとなったのです。
その勢いに追いつくためには、なりふりをかまってはいられなかったという事情が当時の名鉄にはあったのです。
車両事情が逼迫していた名鉄は「川造形」のみならず3880系(元東急3700系)といった他社からの譲渡車両を導入し輸送事情の改善を図っています。
→参考:珍車ギャラリー#245 名古屋鉄道3880系

ク2815を中間に挟んだ3両編成で築港線専用車両として運用されました。
名鉄転入時に大きな改造は行われません。それでいて1M2Tですからとてもじゃないが本線では使えませんね。
築港線は沿線の工場への通勤路線であり休日や昼間時の列車本数が極端に少ない路線で性格的にはJR西日本の和田岬線に似ています。
1.5kmときわめて短い鉄道路線ですから乗車時間もたかがしれています。多少スピードが遅かろうが、乗り心地が悪かろうが冷房がなかろうが目をつぶってもらおうというワケです。
工場労働者の皆さんはおそらく自動車通勤なんかは特別な事情がない限り認めてもらえないでしょうから手堅い固定客です。

導入後は前照灯のシールドビーム2灯化が施工された程度で終始築港線にて運用されました。
1985年3月除籍されました。なお築港線では3790系の廃車後も永く旧性能車で運行されていました。

参考:高松琴平電鉄 740形→890形 740→890 もと旧西武モハ550形 555

撮影場所:今橋

撮影場所:今橋

1966年にクハ1156を再電装化し 山形交通に譲渡、モハ1形4となりました。
1974年の廃線後に高松琴平電気鉄道に譲渡、740形(Mc)740に 1983年電装解除、890形(Tc)890となりました。

形式 890 車番 890 製造 S3 川崎造船 導入 S51
もと旧西武モハ555→モハ106→現西武モハ156→クハ1156→山形交通モハ4 →琴電740
17100 2640 3885 26 t 112 名 48 席
台車 BW-61 制動装置 SCE
参考文献:鉄道ピクトリアル#509 S64.1

参考:弘南鉄道 クハ1266形 1266 もと旧西武モハ550形 561

撮影1983年:大鰐

形式 クハ1266  1266.1267 1928年 *川崎車両製
(*川崎造船所(兵庫工場)は1928(昭和3)年5月に川崎車両に分離独立)
旧西武モハ561→モハ112→現西武モハ162→クハ1160→弘南1266:1964年導入
旧西武モハ560→モハ111→現西武モハ161→クハ1159→弘南1267:1964年導入
17.100:2.740:3.855 23.5 t 台車:TR-10  定員:112(48) ブレーキ:自動空気
参考文献:鉄道ピクトリアル「東北地方のローカル鉄道」#477 1987年3月
参考文献:特集 西武鉄道「西武鉄道 時代を築いた電車たち」園田政雄氏 鉄道ピクトリアル#560 1992年5月

 

参考:伊予鉄道 モハ110形 111 もと西武クモハ157(新造扱い)

撮影1982年?:横河原

110系 (モハ110形5両・クハ410形3両の計8両)
1928年製の全鋼製車。いわゆる「川崎造船形」であるもと西武151系(モハ151形・クハ1151形)。
抵抗制御で手動加速(HL)、駆動方式は釣り掛け、モーターはウェスティングハウス製WH-556-J6(75kw×4)歯車比は3.94。
台車はKS-33L/KS-30L(クハ) ブレーキは自動ブレーキです。全鋼製で34.0t 17,050×2,734×4,146
1965.66年に西武所沢工場で車体更新(書類上は新製扱いですが見るからに川崎造船形)し、1967年伊予鉄デビュー。1994年廃車。

伊予鉄道 110形
←横河原①   郡中港、高浜③→ もと西武151系
モハ110-クハ410-モハ110  Mc-Tc-Mc
115+412_113  112_411+111
参考;私鉄車両編成表90年版

参考:長野電鉄 モハ610形 611(もと長野電気鉄道 デハ350形)

撮影:上田原

長野線の市内地下化工事により旧型車は順次淘汰されましたが、モハ600、モハ610形は工事完成の前年1980年まで活躍しました。
モハ603は解体されましたが、残り3両が上田交通へ譲渡されました。画像はそのときのもの

モハ610形 611 1927年川崎造船所製 デハ350形 1966年改造
17.120:2.705:4.210  31.7 t 100名48席
制御器:HL  モータ:   75 .0kw×4 直流1500V
台車:釣合梁式    ブレーキ:SME
参考文献: 鉄道ピクトリアル#431 1984.4(上田交通5271形から一部参照)

参考:大井川鐵道 モハ300形+クハ500形 307+507 (留置)

撮影:千頭

1964年に西武モハ159・モハ160が譲渡されモハ300形-クハ500形(307-507)の2連に。1980年廃車。

参考:津軽鉄道 ナハフ1200形 ナハフ1201

撮影場所:五所川原

1965年に西武クハ1157、1155、1158の3両が譲渡され、ナハフ1200形1201 – 1203となりました。
運転台が撤去され客車化されています。1995年に1201は廃車、2024年現在  1202、1203が在籍。

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