弘南モハ2250形はもと富士身延鉄道モハ100形、110形。1927(昭和2)年に日車で100~105、1928(昭和3)年に新潟鐵工所110~115が製造されたというのが正確なところと思われます。
製造当初は2Dクロスシート車でした。以下の記述はWikipediaを参考にしています。
定員は102 座席は64。パンタグラフは大型のものを2基装備していました。制御装置は非自動間接制御(HL)方式で、モータはMT35(100kw×4)歯車比は3.88。身延線は勾配区間が多いのでトルク重視の設定となっています。台車は日車製がブリル27MCB-3模倣品、新潟鉄工製がDT-10(旧TR-14)同等品。
身延線が国有化されたのは1941年。旧番号順に11両がモハ93形(93001 – 93011)となりました。
(1両欠けているのは102が1937年に土砂崩れにより廃車となったため)
いわゆる買収国電となったモハ93形は1944~1945年に(93011)が飯田線で試用され、1947~1951年に伊那松島機関区へ全車転出。飯田線北部(旧伊那電気鉄道区間)で使用されました。
1951年から更新工事が行われ片運転台化、乗務員扉も新設されました。パンタグラフも国鉄の標準品(PS13など)に交換し日車27MCB-3台車もDT10に交換されています。
1953年の車両形式称号規程改正でモハ1200形に改められ番号順に1200 – 1210に改番されました。
1956~1958年に廃車され、8両が弘南鉄道、大井川鐵道、高松琴平電気鉄道、越後交通に譲渡されました。
弘南鉄道に譲渡されたのは1957、58年でモハ1207、01、03、04 (モハ2250~2253)の4両となります。
1964年にモハ2251~2253の3両が3D化されました。
大鰐線入りしたのは1975年です。2ドア車のまま使用されていたモハ2250は1981年に廃車。残念ながら画像はありません。経歴のみ記しておきます。
富士身延モハ112→鉄道省モハ93008→国鉄モハ1207→弘南モハ2250:1961年導入
モハ2251は1982年に電装解除されクハ2250形 2251となりました。
クハ2251、モハ2252、53は1988年に廃車されました。
モハ2250形 モハ2252 1983年撮影

撮影場所:大鰐
モハ2250形 モハ2253 1987年撮影

撮影場所:津軽大沢
形式 モハ2250 2252.2253 1928年 新潟鉄工製
(参考文献の本文では新潟鉄工製 諸元表では1927年 日車製 )
富士身延モハ104→国鉄モハ93004→モハ1203→弘南モハ2252:1961年導入
富士身延モハ105→国鉄モハ93005→モハ1204→弘南モハ2253:1961年導入
17.000:2.650:4.039 38.3 t 台車:DT-10 定員:112(48)
制御装置:CS-5 主電動機:MT-7 100kw×4 ブレーキ:自動空気
参考文献:鉄道ピクトリアル「東北地方のローカル鉄道」#477 1987年3月
クハ2250形 クハ2251 1983年撮影

撮影場所:大鰐
形式 クハ2250 2251 1928年 新潟鉄工製
(参考文献の本文では新潟鉄工製 諸元表では1927年 日車製 )
富士身延モハ101→国鉄モハ93002→モハ1201→弘南モハ2251→クハ2251:1961年導入
17.000:2.650:3.875 26.0 t 台車:DT-10 定員:112(48)ブレーキ:自動空気
参考文献:鉄道ピクトリアル「東北地方のローカル鉄道」#477 1987年3月
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