長野電鉄 デハニ200形 デハニ201(保存機)1926~1980年(もとモハニ131)

長野電鉄 デハニ200形 デハニ201(保存機)1926~1980年(もとモハニ131)

デハニ200形(201~204)は長野電気鉄道が 1926(大正15)年6月の開業にむけ デハ100形(101、102)ともに汽車製造東京支店で製造したものです。
同1926年9月河東鉄道との合併により長野電鉄となった3年後の1929(昭和4)年1月に 203と204については発電ブレーキを追加、デハニ250形(251、252)と形式変更します。同1929年6月には形式改訂も行われ、「デ」は「モ」と改められました。よってモハ100形(101、102)、モハニ200形(201、202)、モハニ250形(251、252)と3形式に整理されました。
テンポが早過ぎてついていくのが大変です!
さらに1933(昭和8)年にはモハ110形(モハ111)、モハニ210形(モハニ211)の2両が増備されています。

1953年には新たな車番付与基準により、
モハニ200形(201、202)はモハニ110形(111、112)に(発電ブレーキなし)
モハニ250形(251、252)はモハニ510形(511・512)に(発電ブレーキつき)
モハ110形(111)はモハ200形(201)とそれぞれ改番されました。
(なお、モハ100形(101、102)およびモハニ211形(211)については変更なし)

1967年には モハニの各形式について車番の10位を「3」に改めました。よって
モハニ110形(111、112)はモハニ130形(131、132)と
モハニ211形(211)はモハニ231形(231)と
モハニ510形(511、512)はモハニ530形(531、532)となります。

デハニ201は すなわち デハニ201→モハニ201→モハニ111→モハニ131 という変遷を経ていることになります。あーややこしい。

1958年に天井の鋼板化、1960年にドアエンジン新設などの改造が施工されました。
全車とも茶色1色でしたが、この時から長野電鉄標準色(マルーンとクリーム)に改められています。

いろいろありましたが彼女たちは 長野電鉄の主力として活躍を続けました。さすがに1981年に完成する長野-善光寺下間の地下区間に乗り入れることはできず、引退を余儀なくされます。

モハ102、モハ201の2両が1978年に上田交通へ譲渡されたほか、モハニ131が昔の名前であるデハニ201として小布施駅構内の「ながでん電車の広場」で保存されることになりました。
ここでご覧頂く画像はこの時のものです。

2012年には2000形に保存場所を譲り、屋代線廃止後の信濃川田駅に移設。それもつかの間、2014年には長野県松川村にある「安曇野ちひろ美術館」の「トットちゃん広場」で長電モハ604とともに保存されることになりました。(公開は2016年から)
松川村は大糸線沿線で長野電鉄とはかなり離れているのですが 保存状態もよくマニアにも注目されいくつかのHPに取り上げられています。
おかげさまで いろんなことがわかりました。感謝いたします。

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オリジナル車:デハニ200形  モハ610形 モハ1000形 モハ1500形 2000系 冷改 OS系 OS10系
転入車:2500.2600系 3500系 3600系 冷改  8500系 3000系 1000系ゆけむり 2100系スノーモンキー

 

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