モハ7541については珍車ギャラリー#097でご紹介しました。今回はこの続編としてまとめ直したものです。

1988年5年ぶりに稲荷町車庫を訪ねてみると7541の姿はなく、代わりに見たこともない黒い電車が停まっていました。
旧型国電改造の救援車のように車体前面に大きな扉らしきものが取り付けられています。
*参考:国鉄 クエ9471 撮影:大垣電車区 日時不明

車番は10001。「なんだこりゃ。」と思ってよくよく眺めてみると側面中央にも荷物電車のような大きな扉があります。そして天井を見ると架線観測用のドームが…。
「おっ、これは7541ではないのか?」と思ってよーく見てみると緩いRを持つ妻面にわずかですが国鉄103系のように内側に傾斜した窓。そして引き戸式の運転台扉が収まる戸袋窓も見られます。
「間違いない。これは7541を改造したものだ」

10001が架線検測車である7541を改造したものだと画像から判断できました。しかし7541は80年8月時点で廃車されており当然車籍はありません。そんなわけで 7541がいつどのような改造がなされたのかということについて鉄道誌は取り上げてはいないのです。詳しいことは何もわかりません。
そしてこの7541を改造したらしき 10001についても いつどのような改造がなされたのかということについて鉄道誌は取り上げてはいません。
ネットで画像検索してみると1986年に撮影された10001の画像が一番古いもののようです。黒ずくめの姿ではありますが救援用の大型の側扉も前面の大型扉もありません。
同じく1986年撮影とされる画像には大型の側扉が取り付けられていました。ですが前面は7541のマスクです。そして1988年に私が撮影した前面の大型扉付きの画像です。
どうやら少しずつ改造されていったようですね。
10001には「モハ」ならぬ「モテ」という符号がつけられています。ここから何か糸口を…と思ってはみても。そもそも「モテ」って何?? 何か御存知の方。教えてください!!
ということでこれから述べることは推測にしか過ぎませんがお付き合いください。
架線検測車としてデビューしてからの7541は そうしょっちゅう仕事があるわけもなくおそらく滅多に動くこともなかったでしょう。
でもこれでは勿体ないというわけで救援車としての機能を付加したのではないか。と思われるのです。
連結器やジャンパ栓、ブレーキパイプも取り替えられたようです。他の電車と連結して牽引することが求められたからでしょう。
そうなれば75馬力モーターでは不十分。100馬力モーターに換装させられたのです。結果として100馬力モーター車として10000番台が付与されたのではないでしょうか。
それにしてもモテ10000形という形式は存在しません。車籍がない以上機械扱いです。営業路線で事故車を救援するのには線路封鎖しなければならないわけです。
実際は終電後に架線の検査をする以外に、稲荷町の車庫で車両入れ替え作業をするか 部品を移動するか程度の作業に従事していたのでしょう。
97年8月に再び稲荷町を訪れたときにはモテ10001の姿はありませんでした。
もともと車令の高い車体でしたから これも致し方ないことでしょう。 いったいどれくらいあの姿でいたのかはわかりませんが、救援車としてどれくらいお役に立てたのでしょうか。
(ネット検索では1991年7月寺田駅で。1994年9月稲荷町で撮影された画像があります)
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