80形はもとを辿れば南海鉄道の電5形となるそうです。電5形といえば1927(昭和2)年製の電4形を連結運転用に間接制御(HL)とした形式であると阪堺電気軌道モ161形のところでお話ししました。これとはまた別に1921(大正10)年川崎造船製の電5形がいたことになりますね。1940(昭和15)年に扉を増設、座席を撤去するなどの改造を受け郵便荷物電車になっています。モユニ521形です。
これを1948(昭和23)年に福井鉄道が4両譲りうけました。譲渡されたのは車体のみです。足回りは自社で調達し 南越線(モハ81・82)、福武線(モハ91・92)に2両づつ入線させました。形式が違うのはモータの違いと聞いています。ただ大正10年製の木造車体は老朽化が激しく1956(昭和31)年に日車製の車体でもって更新されました。
その際、木造車体は解体されずに生き残りモハ81の車体は南越線村国駅のホーム待合室に再利用されていました。正面5枚窓のダブルルーフ車両であることが見てとれます。
(参考:鉄道文化研究所様のHP)
今回UPしているのはモハ80形更新車です。日車製の鋼製車体に交換されただけでなくこの時モータを全車MB104-Aに換装しています。
同じモータになったことで90形は80形に統合されます。更新改造当時は両運転台車で単行列車にも使われていました。
1978年には片運転台化改造し2両固定編成化されています。この際、Mc+McをMc+Tcに変更していますが、モハ、クハとも同じ番号=81を割り当てているのがユニークです。
1970年代当時、福井鉄道では200形連接車もボギー車も2連で、正確に言えば2車体で運行するのが原則でした。
常にペアで使用するわけですから編成毎に管理できればいいので 別に番号を分ける必要はないのです。このことから福井鉄道では独自の番号割り振りがなされています。
200形はMc+Mcです。モハ201+モハ201というわけにはいきませんから 201-1+201-2と武生よりにハイフン1を、田原町よりにはハイフン2を、割り振っています。
それなら80形も81-1+81-2にすれば何の問題もないですよね。しかし福井鉄道にはもう一つの流儀があります。
200形はMc+Mcの編成ですが 80形はMc+Tcの編成です。この場合は動力系がMcに集中するわけでハイフンをつけて区別する必要はないという発想をするのです。というわけで同じ番号です。
ここでは1987年に動台車をDT-21Bに モータをMT-46に換装しカルダン駆動化され 1992年に冷房化される以前の画像をUPしています。
ツリカケ時代と思われる画像がないわけではないのですが足回りが確認できないのでUPしていません。クハ81にTR-11改がついていますので参考にしてください。
なおスペックは1986年時のものをUPしています。冷房改造車は別タイトルでUPします。
80形改は 2006年4月に名鉄の低床車両導入で置き換えられ廃車となりました。
80形 81F① モハ81 標準塗装 DT21B台車付き 1990年撮影

モハ80形 82 1921(大正10)年 川崎造船製 →1956年に日車製車体に更新
16.500:2.750:4.265 31.5 t 100名48席
制御器:ES-517 モータ:MB-104A 78.75kw×4
台車: TR-11改 ブレーキ:SME
参考文献:鉄道ピクトリアル#461 1986.3 撮影 1990.9:西武生
80形 81F② クハ81 標準塗装 TR-11改台車付き 1990年撮影

クハ80形 82 1921(大正10)年 川崎造船製 →1956年に日車製車体に更新
16.500:2.750:3.885 26.5 t 100名48席
制御器: モータ:
台車: TR-11改 ブレーキ:SME
参考文献:鉄道ピクトリアル#461 1986.3 撮影 1990.9:西武生
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