「2階付き路面電車」大阪市電 5形 珍車ギャラリー#450

「2階付き路面電車」大阪市電 5形 珍車ギャラリー#450

日本国内における2階建て路面電車は大阪市電に導入された5形のみです。1904年に3両が汽車製造で製造されました。
1953年に大阪市電開業50周年を記念し2階建て車両が復元され1969年の大阪市電の廃止後も緑木検車場で保存されています。
1923年製車両の台枠を用いての復元ですが 2階部分には覆いのような天蓋が設けられており当時の雰囲気をよく伝えています。とはいえ屋上の屋根をフラットにしベンチを並べたようなものです。2階建てというよりは2階付きといった方がいいでしょう。

1993年8月 緑木検車場で「市電保存車両展示会」が開かれました。私はラッキーなことに5形の2階に上がることができました。2階に昇るにはらせん状の階段を利用するのですが人一人が身をよじるようにしてようやく移動できるというものでした。また中央部には集電装置のビューゲルが設置されていますので手を伸ばせば感電できちゃいます。全く実用的ではないと思いました。
もっともオリジナル車は違います。集電装置はトロリーポールで車両の両端部に設けられていました。触れることはできません。主要機器は輸入品で台車は独ヘルブランド社、主電動機は米GE社製のものが使用されています。しっかりした造りです。

日本で初めて公営で路面電車を開業させたのは大阪市です。 1903(明治36)年に 第一期線として築港線:花園橋(現 九条新道)-築港桟橋(現 大阪港)間(5.1Km )が開業しました。
ここに大阪市は日本では他に見られない2階付き電車を投入したのです。伊藤博文や山県有朋といった著名な政治家が大阪築港を視察した際にはこの2階付き電車が仕立てられました。大阪市電の広告塔的な存在だった一面がうかがい知れます。
オリジナルの2階付き電車は1904(明治37)年~1906年製で主として築港線で運行し魚釣り電車、納涼電車として親しまれ展望の良さで好評を得たそうです。
しかし「家の中を覗かれる」といった苦情も多かったそうで1911年までに2階建て車両としての営業運転を終了しています。
実際には運用上の問題。つまり 他車よりも重心が高いため低速走行しかできない。加えて乗降時間に時間がかかりすぎ運行上お荷物となってしまう。また架線の高さを数台しかいない2階付き電車に合わせるのは合理的ではないということでしょう。
それにしても思いの外、短命だったんですね。それでも市民の心に 強い印象を残していたからこそ復元もされ今も保存されているのです。

2階建て路面電車といえば香港の路面電車ですね。今は香港トラムっていうそうです。
香港でも1904年の開業当初は1階建てでした。1912年から順次2階建て化されています。そして今や全車両が2階建て路面電車車両(165両)となり ギネス世界記録に認定されているほどです。
でもどうして2階建て路面電車なんでしょう?

路線がある香港島の北側は、昔から人口密度が非常に高く、メインストリートもそれほど広くありません。よって建物は高層化していくわけです。そして電車もまた「高さ」を使って一度に運べる人数を増やす必要があり2階建てとなったとのことです。また当時の宗主国であるイギリスではロンドンなどで2階建てバスが一般的でした。その影響もあったのでしょう。

とはいえトラムの速度は時速15〜20km程度と自転車並みです。
信号待ちも多く端から端(ケネディタウン ↔ 筲箕湾)まで乗ると軽く1時間30分以上かかります。
また停留所の間隔も短いため、2階に座っている場合、目的地の停留所が見えてから階段を降り始めるのでは間に合わないことが多いのです。トラムの階段は狭くて急だからです。
バリアフリーの時代だとか言う前にMTR(地下鉄)とは勝負になりません。完敗です。

でも香港といえば2階建て路面電車でありスターフェリーです。
私は英国統治時代に香港に旅しました。残念ながら写真は一枚も残っていません。
そのわけは少しばかり切ないのですが、思い出の断片に路面電車とフェリーはしっかり残っています。
街の風景に刻みつけられてきたそのアイデンティティが他の何よりも雄弁に変わることのない香港の歴史と人情を語ってくれているからでしょう。
これは地下鉄やバスではまねのできないところです。

-路面電車研究- INDEX   →鉄道車両写真集index
大阪市交通局 路線まとめ   25 30 528 1644 3050

珍車ギャラリーカテゴリの最新記事