201形は71形の増備車両として1942(昭和17)~1948年に15両製造されました。車体もほぼ同じで路面電車としては大型の14m級3D車です。
屋根ぎりぎりに届くほど大型化した側窓で71形と同様に金魚鉢のニックネームで呼ばれました。
台車も共通のボールドウィン64-20Rで モータは三菱製のMB-163M(29.8kw)を4基装備。制御器も間接自動制御です。
ただ71形では油圧カム軸多段制御の芝浦製RPM-100を採用しましたが、201形では全電磁式 三菱製ALMに変更されたので71形とは総括制御できず別形式となりました。
なお201形は戦時中に追加されたため電装されずに就役したものもあります。これらについてはTc扱いで2連運転しました。連結器は同じトムリンソン式密着連結器ですからその際は71形との併結運転が行われています。
集電装置は当初トロリーポールでしたが、1950年までにビューゲル(Yゲル)に取り替えています。
ALM制御器は故障がちだったことから1962年から本線の廃車流用品である芝浦製 PM-2Bに交換しています。既に連結運転は行われていませんでしたので総括制御の実績はありません。
晩年は北大阪線でも活躍しています。1975年5月5日の全線廃線時まで運用されました。
阪国の金魚鉢たちはデザイン的には素晴らしいのですが夏場は暑かったでしょうね。
ちなみに甲子園線の納涼電車として121形(1936~1956年)がいました。本線用3D車の側板を撤去しアミ状にしたもので座席は31形から流用したクロスシート付き、アミ電の名で呼ばれ 乗客から好評をもって迎えられました。(併用軌道用に前後のドアはステップ付きとしています)
通年でも使用できるように改造され 側板を取り外し式とし腰板とドアには引き違い式のガラス窓も取り付け夏姿と冬姿を容易にチェンジできるようにしました。
なお車内にはヒーターも取り付けています。121形は国道線でも運用されました。
しかし 特殊構造でありクロスシート車では戦後の乗客増にも対応できず、戦後は留置されたままで復帰されることはなく「アミ電」は姿を消しています。
阪神 北大阪線 201形 205 撮影 天六:1975年

形式 201形 1942(昭和17)年 201 ~215 : 汽車会社製、
14.200× 2.345×3.885 20.6 t 定員 76 名 - 席
台車:ボールドウィン 64-20-R(汽車) モータ:MB-163M(三菱) 29.8kw ×4
間接自動制御:ALM (三菱)
参考文献:鉄道ピクトリアル #303「阪神電気鉄道特集」1975年刊 ほか
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阪国の金魚鉢にはもう一つ91形が存在します。戦後1947年に3両製造されました。
モータは31形と同じSE-116Dで 26.11kw ×4でパワーダウンしています。制御器は71形と同じく油圧カム軸多段制御器の芝浦RPM-100を装備しましたが 単車運転専用とされたため当初から連結器はついていません。
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