経営基盤が脆弱でかつ利用客の増加に目途が立たない昨今のローカル私鉄において新車を導入することは容易なことではありません。
とはいえ いつまでも古い電車を使い続けるのにも限度があります。
そんなわけで 現在、地方鉄道では大手私鉄の中古車が多く導入されています。
さてその中古車が 玉突きで より経営状態の厳しい地方鉄道に再度引き継がれている例として「銚子電鉄の2000形」をかつてご紹介しました。
ですからセコハンならぬサードハンドの鉄道車両の存在は 特に珍しいという物ではありません。
しかしサードハンドの路面電車で かつ元をたどれば外国製というのはこのF10形以外にはないと思われます。
福井鉄道 F10形 732B レトラム 撮影2015年3月

彼女の生い立ちを見てゆきましょう。
F10形 は もと西ドイツ・シュトゥットガルト市電の735号機です。
1960年にエスリンゲン工機で製造されました。
形式は「GT4」。2両連結の車両でありながら運転台はパンタグラフが搭載された車両にしかないという珍しい車両です。
そう、シュトゥットガルトでは起終点にあるループ線で方向転換を行っていましたからバック運転する必要はなかったのです。
扉も片側のみにしかありません。今はなき桃花台新交通のピーチライナーと同じですね。
GT4形は1959年から営業運転を開始し1965年までに合計350編成が導入されました。
結構な数ですね「主力で活躍していたのだな」と想像できます。
しかし、シュトゥットガルトでは1985年以降、輸送力を増強すべく軌間を変更(1000mm→1435mm)大型車両が導入されることになりました。
GT4形の台車を改軌しても輸送力は増えません。
GT4形は廃車、あるいは各都市へ譲渡されることとなりました。
さて1989年に開業85周年を迎えることになった土佐電気鉄道はその記念事業として世界の路面電車を自社線で走らせることにしました。
そこで ちょうどだぶついていたこのGT4形が選ばれたというわけです。
ところが土佐電気鉄道にはループ線などありませんので そのままでは使えません。
片運転台である714号・735号の2編成のうち運転台がある車体同士を組み合わせることで両運転台に改造しました。
これで扉を両サイドに配置できました。
また台車も土佐電気鉄道の軌間1067mmに合わせて改軌されました。
土佐電気鉄道 軌道線 735形 735A-B もとシュツットガルト市電 1992年12月撮影

撮影場所:桟橋車庫
土佐電気鉄道 735A/B 1965年 ドイツ エスリンゲン社製
もと西ドイツ・シュトゥットガルト市電 GT4形 735/714号機 1990年導入
A/Bとも 9.090× 2.300×3.710 A:10.2 t B:9.2 t 44名
台車シュトゥットガルト形 モーター:AEG-USC15451 100kw ×2 ギア比7:23
間接制御 手動式カム軸多段制御(直列10段 並列8段) クーラーなし
参考文献:鉄道ピクトリアル 新車年鑑 1991年版
1990年8月以降、世界の路面電車第1弾として営業運転を開始した土佐電気鉄道735形(735号機)でしたが、ノルウェー オスロ市からやってきた198形ボギー車、オーストリア グラーツ市からやってきた320形、ポルトガル リスボン市からやってきた910形ほどには活躍できず2005年以降 運用実績がなく車庫に保管されたままになっていました。
910形のほうが 見るからに古典的車両で実際に車齢も高いのです。なぜでしょう?
おそらくその理由は「GT4形」が特殊な連接車体を有していたことにありそうです。
普通、連接車は2つの車体を台車によって繋ぐ連接構造となっています。
つまり2車体3台車ですね。対して「GT4形」は2車体2台車です。
ただし単車を2台連結しているのとはワケが違います。
それぞれの車体に設置されているのはボギー台車です。
これらをサブフレームによって それぞれ連節部分にある蝶番のような物に接続するという特殊な連接構造を採用しているのです。
また主電動機もサブフレームに設置されており特殊なカルダン駆動となっています。
ツリカケ駆動ではありません。
制御装置は間接制御で手動式カム軸多段制御(直列10段 並列8段)です。
ブレーキは電磁空気式で発電ブレーキを常用しデバイスは2台の台車に架け渡されたフレームの中央に配置されています。
これだけの代物を日本で走らせるため自社で改造を敢行した土佐電気鉄道の技術力はただ者ではないと思います。
これはもうGT4形ではありません。
トラブったときのことを思えば そうそう走らせることができなかったのは当然でしょう。
これに福井鉄道では「レトラム」という名称をつけました。
「レトロなトラム」からきた造語ですがギミックなそのメカはレトロという名には似つかわしくありません。
またスタイルもレトロらしからぬスマートなデザインです。画像をご覧下さい。
福井鉄道 F10形 732A レトラム

超低床車というわけではありませんが 床下スペースは狭いのは明らかです。
メンテナンスも面倒だったに違い有りません。
それを福井鉄道が購入、2014年4月から運行を開始したというわけです。
福井県も援助金を出して導入を後押ししました。
大変だったのはこの735形をF10形として再生することになった京王重機整備のスタッフでしょう。
京王重機整備は京王電鉄の車両を定期的に保守点検するほか、更新・改造などを行うのが本業です。
マニアには京王電鉄などで廃車となった車両を全国の地方鉄道に移籍させる際、先方に合わせて車両改造を行うことで有名です。
そういえば前述の 銚子電鉄 デハ2000形はもと伊予鉄道800系ですがそのもとはというと京王帝都電鉄2010系で京王重機での移籍改造第1号となる車両です。
一時期、東急電鉄の中古車が多くの地方鉄道と軌間が同じであることから、多く地方へ移籍してゆきましたが、京王帝都電鉄の初代5000系や3000系も一畑電鉄や北陸鉄道や上毛電気鉄道などに移籍してゆくようになりました。
ただ東急と違って軌間が違いますから営団地下鉄などで廃車になった車両の台車を組み合わせて転用改造しています。
よって簡単に「もと京王3000系だ」などと言いきってしまうことに私は少なからず抵抗があります。
このように多少手の込んだ転用改造していたのが京王重機です。
手の込んだ…といえば、高松琴平電気鉄道の600系もそうです。
なんと種車は名古屋市交通局の250形や300形などサードレールの地下鉄車両です。
京王重機では集電装置までも違うものを転用させています。
今回、福井鉄道は「レトラム」をお飾りとして導入したのではありません。
京王重機整備はちゃんと走らせることを請け負ったわけです。
営業サイドからすると たった1編成の路面電車をそれも外国製の異端車をわざわざ手直しすることは手間がかかる割には儲けにならないミッションでしょう。
しかし鉄道車両を改造するということにかけて おそらく日本で一番チャレンジ精神に富むのが京王重機整備といえるでしょう。
今回、ここでは役に立たなくても様々なノウハウが得られたに違いありません。
735号機にF10形とは…なぜ?と首をかしげたくもなるのですが、京王重機のスタッフにしてみれば 新形式を付与するに足る「いい仕事」をされたのではないでしょうか。
この記事は2018年12月に書いたものを手直ししたものです。
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