「部分低床車」函館市電 8100形 8101(800形車体更新車) 珍車ギャラリー#154

「部分低床車」函館市電 8100形 8101(800形車体更新車) 珍車ギャラリー#154

路面電車もバリアフリーの時代へ

バリアフリーの時代です。公共交通である鉄道が交通弱者と呼ばれる いわゆるお年寄りや妊婦さん、そして車いすを必要とされる障がい者の方などについて、配慮してゆくのは当然の流れでしょう。
施設側にも 車両自体にもその思想が反映されつつあります。
さて路面電車は古いシステムですが プラットホームまで昇降するエレベータなどを設置するまでもなく安価にバリアフリーに対応できるユーザーフレンドリーな乗り物です。
今や その価値が見直され、路面電車復権の時代が到来しつつあります。

低床電車を実現するために

とはいえ車体自体に乗り込むためにはやはり段差があります。
これをどうにかするべく最新の路面電車は低床車が当たり前となっています。
しかし このことは一口で言えるほど簡単なことではありません。
本来 電車の床下には台車(モーター)制御器など様々な機器がぎっしりと並んでいます。
これらをどうにかしなくてはなりません。
当然、台車を屋根の上に放り上げてしまうわけにはにはいきません。
車端部にこれを配置するか、モーターを小型化する一方で、車軸が車体を貫通しない特殊な台車を開発するなど対策を講じる必要があります。
(残念ながらこうした技術をまず手がけたのは日本ではなく もっぱら欧州の車両会社です)
こうした低床車は 熊本市電の9700形(ドイツ、AGE(→アドトランツ)+新潟鉄工製 1997.8)を皮切りに日本にも導入されました。
広島電鉄の5000形グリーンムーバー(ドイツ、シーメンス+新潟鉄工製 1999.6)もそうですね。
これらはデザイン的にも優れたものが多くもはや路面電車と呼ぶのではなくLRVという名の新しい乗り物といってもいい感じすらあります。
これらインパクトのある素晴らしい電車に刺激され 日本の車両会社も追随する形ではありますが 独自の車両を提案しつつあります。

従来の電車をバリアフリーにできないか。

こうした低床車両が活躍する路線として富山ライトレールがあります。そのすべてが低床車です。
でも富山ライトレールは鉄道線からの転向ということになりますので 例外的な存在です。
むしろ一般のいわゆる市電には かねてからの古い車両が頑張っており これらをいっきに低床車に置き換えるなんてことができるはずもありません。
それでも車両の更新時期にあわせて すこしずつ置き換えてゆこうとする事業者が出てきました。
こうした時代のニーズに合わせて新しい車両を導入したいのは函館市電でも同じことです。

他の事業者同様、あっさり新車を導入したほうが楽に決まっています。
低床車を導入することで 国から補助金がでるのならなおさらのことです。
8101が導入された2002年当時 アルナ工機(現アルナ車両)は「リトルダンサー」と呼ばれる純国産低床電車を様々なタイプで提案していました。
鹿児島市交通局1000形ユートラム、伊予鉄道2100形、土佐電気鉄道100形ハートラムといったLRVたちがそうです。
これらの中から函館市電に合うタイプを選べば良かったともいえそうですね。
では ここで彼女たちを考察してみましょう。

タイプ A3:鹿児島市交通局1000形(2001~05)

国産初の超低床車でありVVVF制御車です。座席は24。
3車体をつなぐ特殊な構造で運転手さんのいる車端部は高床です。
関節部分が2つあるので曲がるのには有利です。
でも8mもの長さがある中間車(フローティング車体)を先頭車が支えるカタチとなり長さも14mと長くなってしまいました。
また複雑な構造ゆえ1両あたりのコストも高く付き 1億7800万円となりました。

タイプL:土佐電気鉄道100形(2002~05)

これも3車体をつなぐ構造です。関節部分が2つあるので曲がるのには有利です。
鹿児島市電1000形で問題となった中間車には付随台車を取りつけました。
しかし車体長は17.5mと長くなってしまい車体重は26t。大型である割には座席は28。
VVVF制御の冷房車ですからコストも高く付きました。
なおこの方式でも運転手さんのいる車端部は依然として高床です。

タイプS:伊予鉄道2100形(2002~07)


台車を車両の両端に引き離す構造です。座席は20。
このタイプなら旧型車の台車も使用可能ですからコストダウンも可能ですね。
しかし この方式でも運転手さんのいる車端部は依然として高床です。
またでホイールベースが長い分 函館市電の急曲線を曲がる際には無理があります。
でもこれが一番函館市電に向いているかな。

さて、あっさりこれらから選べばよいといいましたが、当時 函館市交通局では再建計画が思うように進んでいませんでした。
高価な新車の購入などできるはずもなかったのです。
それならば 低床車の採用を見送るという決断もできたはずです。
でも函館市電には1998年、市内の福祉6団体から低床車導入の陳情がありました。
いかな厳しい経営環境であったにせよ、公営の公共交通である以上 函館市交通局はこれを無視するなんてことはできません。

「在来車を更新するにあたって、なんとか低床構造を導入できないか」
と智恵を絞ることになったのです。こうした経過で誕生したのが、8100形8101です。

在来車である800形の部品を再利用しましたので希少なツリカケ駆動の低床車ということになります。
台枠と台車はどうすることも出来ないので 台車間の床下機器を屋根の上に放り上げ そこの床部分を一段低くするという方法をとりました。
つまりは部分低床車ということになります。しかし これとても簡単なことではありません。
種車となった800形は間接制御でしたので制御器は床下にあります。
これは何とか床下に収まりました。
しかし抵抗器と電源装置(SIV=新製)は屋根の上に上げざるを得ません。
800形の更新車である8000形は そんなものを屋根に載っける構造にはなっていませんから 車体の強度も計算し直し強度をアップする必要があります。
幸い函館は 夏でも冷涼な気候です。
8000形更新車同様 クーラーは取り付けなくてもOKだったというのは助かりました。
このことで12mある車体長のうち3mほどだけですが低床になりました。
ここに大型のドアを設置するので車いすの昇降は随分と楽になりました。

部分低床車の問題点

コスト面ではうまくいった8100形ですが前述したようにやはり部分低床ということが問題になりました。
8100形はワンマンカーです。 運賃の支払いは運転手さんのいる車端(高床部)へ行かなければなりません。
結局は 車内のステップを昇り降りしなければならないので辛いところです。
またメンテナンスする側からしても機器が床下部分にあるのなら点検も取り外しも楽です。
ところが屋根の上にこれらを載っけてしまったわけですから保守作業をする方の安全性も確保してゆかねばなりません。
また車両の更新工事は特にそれが冷房化を含む場合、結構高価なものになります。
冷房化せずにすんだ函館だからこそ出来た部分低床車といえるかもしれません。
コスト面ではうまくいった8100形です。でも恐れていた車内での転落事故が発生してしまいました。

部分低床車を作ったことの意味

8101以後 このタイプの部分低床車は増備されることはありませんでした。
8101が失敗作だったというのは簡単です。
しかし わずか3m程度とはいえ旧型車を低床車に変えようというこだわりが これからの函館市電のありようを、そしてアルナ車両のリトルダンサーを変えていったのではないか。と私は思っています。
この後アルナ工機はLRV窮極の姿を模索することになります。

路面電車は 原則、交差点を直角に曲がって行くものです。
急曲線でも安全かつスムーズに対応できるものこそが望まれています。
加えて都市ごとの規模に合わせた様々なサイズが用意できなくてはなりません。
なおかつ ユーザーである事業者については いずれも厳しい財政面の問題を抱えています。
少しでも製作コストを抑えなくてはならないのはいうまでもありません。
そしてなによりも大切なのは乗客の安全を確保することです。

そんな条件を克服していった先にリトルダンサーシリーズ タイプU(Ultimate=究極)は生み出されるのです。
長崎市電3000形です。

タイプU:長崎電気軌道 3000形(2003~06)

3000形では かさばるモーターを台車の外側に配置し そこから直角に力を伝える方式をとりました。
モータを運転台の下に配置したことで 国内では初めて客室の100%低床化(台車部分を含む)を実現しました。
3車体2台車の車体長は15.1m。座席は28。
このタイプは 長崎5000形(2011年~)にも継承され、豊橋鉄道T1000形(2008年~)、富山地方鉄道T100形(2010年~)、札幌市交通局A1200形(2013年~)、阪堺電気軌道1001形(2013年~)1101形(2020年~)、筑豊電気鉄道5000形(2015年~)、とさでん交通3000形(2018年~)もUタイプは採用されています

これでも良かったのですが、函館市電では それほどのキャパは必要ありません。
新低床車9600形(車体長は13.25m。座席は31)は2車体2台車の構造を採り入れる事になりました。
さて9600形では長崎と同様 両端の車体にほとんどボギーしない台車を設置しました。
台車は客室の下に設置しましたから その部分の床は少し盛り上がる形状になっています。
しかしモーターは長崎3000形と同じく台車の外側から直角に力を伝える方式をとりました。
そのことで運転台はかつてなく低いものにできました。
しかし関節部分が一つ減るので曲線を曲がるのには不利です。
2車体の9600形でこのまま曲線を通過すると車体が接触してしまいます。
そこで 9600形では これら二つの車体をつなぐ連結部を広くとるという方法を用いたのです。

タイプC2:函館市電 9600形(2007~23)

内幌のほかに外幌を付けたのでそんなに違和感はありませんが、車体の間は750mmあります。
連結部には上下に連結棒があり車体間の行き来に使われる踏み板は瓢箪形となっています。
急カーブを曲がる際にめり込んでくる内幌をヒョウタンのくびれに取り込むカタチです。

日本の低床路面電車はヨーロッパの技術を取り入れた新潟鉄工(→新潟トランシス)も車両を供給しています。
しかしアルナ車両のリトルダンサーは国産の技術にこだわり車軸を残す従来タイプの台車を採用してきました。
それはコスト面からも有利であるだけでなく、メンテナンスをする現場の声を重視してきたものだと思います。

アルナ工機にとって8101形はたいしたビジネスにはならなかったと思われます。
今さら冷房のない新車など札幌でさえお声はかからないでしょう。
しかし、ハード面においてもソフト面においてもこの函館の地で得た経験=財産は大きかったのではないでしょうか。

この記事は2009年12月にUPしたものがベースとなっています。
2011年4月 函館市交通局は函館市企業局交通部に改組されています。

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