伊豆急行 200系(珍車ギャラリー#336)

伊豆急行 200系(珍車ギャラリー#336)

伊豆急200系は2000~03年に伊豆急100系1000系を置き換えるためJR東日本の113系・115系を改造し導入したものです。
113系・115系自体、何も珍しいことはないのですけれど、
1961年から10年以上の長きにわたって製造された100系と1983年に更新されたばかりの1000系まで、
わずか3年で一気に駆逐してしまったのが200系です。
そしてまた不思議なことにその最終導入のわずか2年後である2005年には早くも置き換えが始まり、
これまた3年後の2008年にそのすべてが引退するという。
普通では考えられない経歴を持つのが200系なのです。
ではまず、彼らが淘汰した100系、1000系についてみてゆきましょう。

伊豆急100系

100系は伊豆急行が1961年の開業に合わせて導入した車両で、国鉄伊東線への乗り入れを考慮した20m車です。
開業時作られたのは クモハ100形4両、クモハ110形10両、クハ150形6両、サロハ180形2両の計22両です。

100系は国鉄車がMM構成なのに対し、100系は1M構成ですが、主制御器はPE14K(抵抗制御)、国鉄CS12Aに相当するものとなっています。
主電動機はTDK-806-2-B(120kW×4 歯車比5.60、中空軸平行カルダン駆動)。地方鉄道の車両としては十分すぎるほどの高性能車です。
100系は1972年までに クモハ100形4両、クモハ110形18両、モハ140形7両、クハ150形10両、サハ170形4両、サロハ180形3両、サロ180形6両、サシ190形「スコールカー」1両の計53両が製造されました。
車体は2ドアで、車端部に配置されており、扉付近はロングシートでしたが中央部はクロスシート。
グリーン車や食堂車も連結しています。これはもう各駅停車用というよりは急行用電車である国鉄153系に近い車両であり、むしろ優等列車に充当される車両といっていいものです。

1979年と1983年にクモハ110形・クハ150形各2両が1000系へと更新されたのですが、1985年には14両が廃車され、1000系へ更新する方針は転換されました。
同年にデビューした2100系「リゾート21」に走行機器を流用するためです。
1986年にはグリーン車を廃止し、普通車に格下げしました。
一方で翌1987年に100系に特別車両「ロイヤルボックス」(サロ1801←サハ184改造)を登場させています。
この「ロイヤルボックス」は好評を博し、2100系「リゾート21」にも「ロイヤルボックス」が製造されることになるのですが、時代の流れもあって一気に高級路線に伊豆急行は舵を切った感があります。
その陰で100系の存在価値は低下。優等列車用の「リゾート21」に対して100系は普通列車用という位置づけになりました。

国鉄近郊形 113系

かねてから伊豆急行線には国鉄近郊形である113系(T編成)が乗り入れていましたが、100系はこれと対応することになりました。
とはいえ100、1000系は2ドアクロスシート車です。乗車位置も違います。中途半端な存在ということになってしまいました。
伊東線の普通列車が発着するのは熱海駅1番ホームですが、特に夏休みなんかは、めちゃくちゃ混雑していました。
そこで100系の代わりに113系(115系)を導入することになったのです。3ドア車で統一するメリットは大いにありというところでしょう。

さてJR東日本では近郊用電車において4ドア車を採用する方針を固めました。
1994年から導入された総武横須賀線快速用のE217系です。
2000年にはE231系の近郊形がデビュー。
小山区に導入されることになり、宇都宮線115系の多くが働き場所を失いました。
またE231系は湘南新宿ライン経由で東海道線用にも乗り入れ、113系にも余剰車が発生しました。
JR東日本からの声がけもあったのでしょう。
伊豆急行はこれらを格安で購入し200系として投入することにしたのです。
前述のように、かねてから113系(T編成)は伊豆急行線に乗り入れています。
115系も基本的に113系と同系統の車両で、かつ抑速ブレーキも装備されているので、思いのほか、勾配区間が続く伊豆急行線には適した車両でした。

そうそうT編成といえば、実はJR東日本の車両ではありません。
静岡電車区に所属していたものをJR東海が継承したものです。
さて、そのT編成は1994年に改番をしています。
JR東海が、JR東日本に乗り入れる113系T編成についてATSをP形に改めたことを示すためです。
(T編成については当局の珍車ギャラリーでも取り上げています。)
伊豆急行100系についても、JR東日本に乗り入れる以上、ATSをP形に改めてほしいところです。
すでにATSをP形に改めているJR東日本の車両をそのまま導入すれば、手間は省けます。

というわけで、スピーディかつスムースに世代交代はなされました。
しかしながら、次なる世代交代が2年後、早くも始まります。
これはいったいどうしたことでしょうか?次に200系についてもう少し詳しくみてゆきましょう。

伊豆急行 200系

200系には、113系改造の4連と115系改造の3連があるのですが、3タイプに分類できます。

(F1、F2編成)
113系1000番台(1972.73年製:国府津区)から改造されたグループ。
2000年に4連×2本が入線。
(F3~8編成)
115系800番台(1966年製:松本区)から改造されたグループ。
中央東線から富士急行への乗入れ用に製造された車両。パンタ部の屋根を低くすることでトンネル対策をクリアしたグループ。
2001年から2002年にかけて3連×6本が入線。
(F9~11編成)
115系300番台(1974.75年製:松本区)から改造されたグループ。
通常の屋根構造ですが、いわゆるペチャパン(PS-23)を搭載することでトンネル対策をクリアしたグループ。
2002年から2003年にかけて3連が3本入線。

ということで、115系800番台改造のグループは200系の中でも古い車両です。
1966年製ですから、淘汰された100系後期車よりも古いということになります。
もっともJR東日本在籍時に更新工事は行われAU712形による冷房改造もなされているのですが…。

前述のようにE231系近郊形の大量配置により小山区の115系の多くが働き場所を失い、その一部が松本区に転出、玉突きでひねり出された余剰の115系が伊豆急行にやってきたということになります。

ですから古い車が回ってくるというのは仕方がないような気がしますし、受け入れる側の伊豆急行もそう長くは使えないと考えていたようです。
塗装の変更やトイレの改良(一部撤去)などがなされましたが、JR西日本やJR四国が行ったような大改造はなされませんでした。

E231系は2004年に東海道線でも本格デビューすることになります。
これを機にJR東海の113系すなわちT編成も撤退。伊豆急行線から姿を消しました。
代わりにE231系が伊豆急行線に乗り入れてくることはありませんでしたが、今度は伊東線内で、3ドア車(伊豆急)と4ドア車(JR東日本)がまた混在することになってしまいました。

繋ぎでしかなかった?

こうした状況を打開すべく2005年。早くも次の車両に世代交代されることになりました。
4ドア車である東急8000系に余剰車が出てきたのです。
東横線では、みなとみらい線開業に伴う車両の置き換えが始まり、副都心線開業にあわせ、従来車の置き換えに拍車がかかります。
伊豆急行には急ピッチで8000系が導入され、35両在籍していた200系は早くも2008年にその全てが引退しました。

伊豆急行は東急グループの一員です。
200系が導入される以前から、いずれは東急の車両で世代交代させる予定だったのです。
登場から引退まで8年、車両によっては4~5年程度しか活躍できなかったわけで、「繋ぎでしかなかった。」という見方もあろうかと思います。
しかし、彼らは国鉄時代から通算すれば40年から50年近くがんばってきたわけです。
最後まで、その特性を生かして活躍できたぶん、本望だったのではないかという気がします。

-鉄道車両写真集-
伊豆急行 200系(もとJR東日本113系.115系)
 100系改造車+1000系     8000系  2100系 R1~3    リゾートEX アルファリゾート21 へJUMP

 

参考文献:鉄道ピクトリアル 「特集 111・113系」 2008年5月 No803 の記事
鉄道ピクトリアル 「特集 JR東日本209系・E231系」 2003年6月 No732 の記事

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